第8話 お胸のお話

 眼前には、城の庭を埋め尽くさんばかりに溢れかえるゴーレムの集団――。


「――きりがねぇな」


 これはあれだ。あそこにいるリトルエンジェル2体を倒さない限り、城に巣くっているゴーレム全てと戦闘に成りかねない。


「仕方ねぇ、か」


 俺は地面に剣を突き刺した。身体の中にある魔力リアを削り、そっと瞼を閉じる。


七番目セプテム終焉ピリオド冥界十眷属ハデス


 突き刺した剣を中心に、地面に漆黒の影が生まれる。影は蠢うごめき合いながら10に分裂すると、音も立てずに地面からフッと浮き上がった。


 冥界十眷属は、破壊神の眷属10人を冥府からこの地へと呼び寄せる、神器の能力の1つだ。

 身長3メートルを超える巨体の男もいれば、子どもくらいの大きさの少女に、全身黒い包帯に包まれ等身大の巨大な窯を持った男もおり、正に十人十色である。だが、そんな10色の中にもただ一つだけ共通点が存在する。それは――10人全てが黒一色に染まった身なりをしているということだ。


「リトルエンジェルは俺が殺るから、お前達はゴーレムを殺れ」


 手短に命令を下すと、10人の眷属達は無言で行動を開始する。そして数秒のうちに、50を超える数のゴーレムが次々に屍と化した。


 リヴィア曰く。こいつらは冥界を住処としている眷属達の"分身"らしい。なので考えることや話すこと。そして、魔力リアを使用することが一切できない。

 だが、戦力においては申し分なく、眷属一人一人がかなりの実力をもっている。


 リヴィアは「全くもって使えん奴らだ」と嘆いていたが、十分最上位魔族に匹敵するほどに強い。

 それに分身でこれ程の実力ならば、果たして魔力を使える本物はどれほどの化物なのだろうか、と俺は想像を膨らませた。


 ただし、当たり前のことながらデメリットも存在する。

 それは魔力の消費が尋常ではないということだ。それもそのはず、最上位魔族クラスの力を持つ眷属を、10人も同時召喚するのだ。それこそ数十分も使用すれば、俺の中の魔力が空になってしまう。


「やはり、この姿が一番しっくりくるな」


 今さっきまで俺の手の中に剣として収まっていた筈だが、いつの間にやら擬人化したリヴィアが隣で軽く伸びをしていた。


「あのなー、お前が擬人化したら俺はどうやって戦うんだ?」


「別にお前が戦う必要はないだろう。あの程度、あ奴らに任せておけば良いのだ」


 リヴィアはつまらなそうにそう言った後、


「それともアレか? お前は可憐な美少女よりも、無機質で金属質なおんなの方が好みなのか?」


 全てを見透かすような瞳が俺に向けられる。


「ったく。そういう問題じゃねぇだろうが……」


 俺は仕方なく眷属が戦っている方に視線を向けた。リヴィアの言った通り、ゴーレム達は全く眷属達に歯が立たず、既に100体以上のゴーレム達が核石を残し消滅していた。


 冥界十眷属は、一度発動させてしまえばリヴィアが擬人化したとしても命令を遂行するまで効果が継続し続ける。


 しかし、発動している間は俺の中の魔力が直接削られていき、俺の魔力が尽きたとき、もしくは眷属達が命令を遂行した時、そして眷属達が命令を実行できない状況に陥った時に能力は解除される。


――やっぱり、数には数で対抗するのが1番だな。


 そう思いながら眷属達を見ていたのだが、ふいに1人の眷属に眼が止まった。


 それは女性の眷属だった。


 俺は不自然なく、彼女のことをできるだけ視界に入れないよう意識する。


 だが、意識したところでチラチラと黒色のレースで申し訳程度に隠れている豊満な胸に目が行ってしまうのだ。男の性さがと言うやつなのだろうか。

 そして。戦闘の影響でその眷属の肩にかかっている黒色のレースが少しズレた時、俺は失態を犯してしまう。


「おぉっ……!」


 豊満な胸がポロリと溢こぼれそうになり、俺は不覚にも声を漏らしてしまったのである。


「どうかしたか?」


 俺はすぐに視線を斜め左へとそらした。


「いや、別に」


「なるほどな。お前はああいった巨峰が好きなのか」


 本当に性格の悪い女だ。と、俺は心の中で一人愚痴る。初めから答えを知っているのなら、どうかしたか? などと俺に質問する意味はないだろうに。


「いや、別に……」


「隠すことはないさ。年頃の男の子なら皆一度は通る道だ」


 何だその経験談みたいな言い方は。


 リヴィアは薄く微笑んだ後、視線を右側に送った。見てみろと言われたような気がして、彼女の視線の先をたどっていくと。


「いやぁ、絶景絶景。たゆんたゆんだな」



 ゴーレムの死骸の山をかき分け、こちらへと向かってくる馬鹿カルラの姿があった。


「ほらな?」


 なんと自分の本能に従順な男なのだろうか。ある意味尊敬に値する。俺には決して真似出来ないだろうからな。


「いや、あれは例外だろ」


 俺はリヴィアの発言をバッサリと切り捨て、代わりにカルラが肩に担いでいる2つの小さな子供の首を見据えて言った。


「俺が殺るって言ったろ、カルラ」


 レベル4であるリトルエンジェルの核石は高く売れる。生活費と家のローンを払うことでいっぱいいっぱいの俺達にとって、高値のつくリトルエンジェルの核石はどうしても手に入れたかったのだが・・・・・・。


「――ほれ」


「え?」


 その言葉と同時に、カルラがポイッとリトルエンジェルの首を俺の方に放り投げてきたのだ。弧を描きながら飛んでくる2つの生首は、空中でその姿を変え、俺が受け取る時には手頃なサイズの紫色の核石へと変化していた。


「やるよ」


 カルラは一言だけそう言った。


「いいのか?」


「気にすんな!」


 彼はそれだけ言って笑った。いつものように、二カッと笑った。それがお金のない俺に対する気遣いなのだと分からないほど、俺は鈍感ではない。カルラでなければ、余計なお世話だと投げ返していたところだ。


 そのような思考を巡らせていると、「そんなことよりさぁ」と俺の肩を抱いたカルラの顔が悪い笑みを浮かべていて、俺は何か嫌な予感がしてならなかった。


「レンレンはぶっちゃけ、巨乳と貧乳どっち派よ?」


「――は?」


 いきなりすぎて、俺の思考回路が一瞬フリーズを起こしたほどだ。確かに、この話題に比べれば、リトルエンジェルのことなど「そんなこと」の分類に入るだろう。


「それは私も興味があるな」


 身を乗りだしながら、リヴィアがその話題に喰いついたのを見て、俺は額を抑えた。


「だろ? レンレンはムッツリだからさ、この辺りで白黒はっきりさせとくべきだと思うんだよ、俺は」


 誰がムッツリだ、と心の中で反論しつつ、俺はどうやってこの場を上手く逃げ切るか思考を巡らせていた。答えようによっては、面白がって一生弄られ続けられることになるだろうから。


 巨乳と貧乳。言い換えるのであれば、それは水と油の如く、光と影のように両者は決して交わらず、相容れない。


「そう言うお前はどっち派なんだよ」


 少しでも時間稼ぎができればと期待したのだが、カルラは考える仕草も見せずに即答した。


「んなもん巨乳に決まってんだろ。まず、貧乳が好きとかいう"物好き"のほうが少ないぜ?」


 確かに。あの母性溢れる巨宝は魅力の塊だ。死ぬ前に一度は埋もれてみたいと思ったこともある。


 しかし。貧乳を物好きと言われるのは少々腹が立つ。貧乳は貧乳で恐ろしい魅力を兼ね備えているのだから。私は小さいからと、コンプレックスを抱えているその仕草。とても愛らしく、ならば自分が愛してやろうという、父性が働くのだろうか。巨乳が可憐なお姫様であるのならば、貧乳は妖艶な魔女だ。


 ・・・・・・・。俺としたことが少し熱く考え過ぎてしまった。しかもそれが女性の胸についてとは。いやはやこれではキャラ崩壊を招き兼ねない。


 つか、まずその問に甲乙をつけるっつー発想自体が間違ってんだろ。巨乳と貧乳どっちが好きかとか、どっちも好きじゃダメなのかよ。


「まさかレンレン、両刀とか言うんじゃねーだろうな?」


 まさにその通りなのだが。両刀と言うと少し誤解が生じるのでやめてもらいたい。


「それこそまさかだ。私の適合者であるレンが両愛者バイなどとはありえん話だ」


 両方好きっていうのはそんなにまずいことなのか……? 


 とりあえず、バイと言うと余計誤解が生じるので今すぐやめてもらいたい。そもそも意味違ぇし。あと、流れ的にどっちも好きっだっつー選択肢が消えたんだがどうしてくれる。


 今後の為を思うのであれば、ここは自分に嘘をついてでも巨乳と答えるべきなのだろう。ここで貧乳と答えてしまえば、俺は一生リヴィアとカルラにイジられ続けることになるのは想像に難かたくない。故に、貧乳とだけは答えてはいけないような気がしてきた。


「そうだな、俺もきょ……」


 もし、もしもの話だ。もし俺がここで巨乳と答えた場合。何年後かになり、もしも俺の前にめちゃくちゃタイプな貧乳な子が現れたとすると。


「残念、可愛こちゃん。レンレンは巨乳が好きなんだよ。悪いことは言わねぇからさ、諦めた方がいいぜ」


「そうだぞ小さいの。レンはお前のような小さな女には興味がないのだ。分かったら他を当たるんだな、小さいの」


 なんてことになったらどうする!?


 考えろ。何かないか。己に嘘偽りはなく、それでいて上手く大小の話からそらせるパーフェクトでオールマイティな答えは・・・・・・いや、ない。そんな都合のいい答えなど存在しない。そもそも巨乳か貧乳かで答えなければ……。


「そうだな。強いて言うなら、俺は大きさよりも"形"重視派だな」


 俺の欲する答えが選択肢にないのであれば、答えを作ってしまえばいい。


 かなり曖昧な答えではあるものの、これならばこの先リヴィアとカルラに弄られることもだろうし、ましてや巨乳と貧乳を裏切ってすらもいない。


「巨乳か貧乳かで聞いているというのに、お前はわがままな奴だな」


 満足のいく答えではなかったのだろう、リヴィアは物言いたげな視線を向けてきた。


「お前にだけは言われたくねぇな」


 俺は額に滲み出る汗を服の袖で拭いながら、軽口を叩いた。


 そんな中。


「・・・・・・形重視ってことは、俺の経験からしてCからDカップ。そして、レンレンの好みを入れて・・・・・・・ということはつまり・・・・・・」


 俺の肩を抱いたままのカルラが、早口でボソボソと独り言を呟いた後、リヴィアの"方を"見てニヤッと笑った。


「ははーん! レンレンそういうことかぁ?」


「なんだよ、そういうことって?」


「いやぁ、べっつにぃー?」


 そう言い、カルラは俺から少し距離を取ると、俺とリヴィアを交互に見渡した後。


「んじゃ、俺はゴーレムの核石でも集めてくっかなー」


 と、そそくさと行ってしまった。


「何だあいつ……」


 そう言いながら、俺もカルラの後に続きゴーレムの核石を拾いに行こうとして、


「なぁ、レン」


「ん?」


 リヴィアに呼び止められた。その白い頬には、見る者全てを惑わすほどの艶めかしい微笑が浮かんでおり。


「揉んでみるか?」


 心臓が口から飛び出しかけた。


「・・・・・・何をだよ?」


 彼女の悪魔のような囁きに、俺は努めて平然さを装いながら応じる。付け足すと、リヴィアの人並みに豊んだ胸部に目がいかないよう意識しながら、だ。


 しかしそんな行為も虚しく、次のリヴィアの発言と行動により、木っ端微塵に砕け散ることとなる。


「察しの悪い奴だな。ほら、これのことだ」


 リヴィアは手で己の服の胸元を少し下にずらした。


「んなっ?!」


 彼女の白い胸元があらわになり、それを目にした途端、喉から漏れた声が裏返る。


 一言で言い表すならば、それは魔境だ。豊満とは言えないものの、白く柔らかそうな彼女の谷間が、服をずらした指の隙間から覗いている。


「冗談だ」


 その反応を見て、リヴィアはクスリと笑う。


「想像したか?」


「してねぇよ」


「ほほう? それにしては、普段より顔が赤くなってはいないか?」


「気のせいだ」


「正直に言えば、ちょっとくらい触らせてやってもいいのだが?」


「うるせぇ。いいからとっととしまえや」



 リヴィアは満足そうに笑った後、服を戻しながら。


「本当に初うぶな奴だな、お前は」


「ほっとけ」


 思春期真っ只中の男心を弄もてあそぶなバカ女神。必ずこの女の弱点を見つけ出した後、死ぬまでイジり続けてやろうと俺は心に強く誓った。


 熱くなった全身を落ち着かせるために、俺はリヴィアから視線を外し、周囲に視線を贈る。

 かなりの数いたゴーレムも、既にその姿はなくなり、他の眷属達の姿も見当たらない。残っているのは地面に散らばっている茶色の核石だけだ。

 俺達がなんやかんやしている合間に、眷属たちは無事命令を遂行してくれたようだ。


「とにかく、その話は終わりだ。それより、早く核石を拾わなきゃ日が暮れて、またフィーナに……」


 唐突にソレは訪れた。大地を揺らすほどの衝撃、少し遅れて途轍もなく大きい音が遠くから響きわたった。音は立て続けにもう2、3度鳴り響く。


 音が聞こえた方に素早く視線を巡らせ――驚愕に固まった。


 リヴィアも俺と同様に、顔を強張らせていた。

 俺達と"それ"とはかなりの距離があったが、"それ"は容易に視認することができた。



 巨大な剣だ。何十メートルともあろう巨大な剣が、数本地面に突き刺さっているのだ。



 まず最初にでた疑問は、何故巨大な剣がいきなり現れたのかということではなく、"何故故"あいつ"がここ、黒の領土にいるのかということだった。

 何故なら、あんなことができる奴を俺は一人しか知らないからだ。


 考えている間にも次々と巨大な剣が生まれ、地面に突き刺さる。


 あそこで"あいつ"と"誰か"が戦っている――。


 考える時間も惜しい。俺はすぐ後ろにいるリヴィアと、少し離れた場所にいたカルラに頷きかけた。


「レン。魔力リアは大丈夫か?」


 先程とは別人のようなオーラを放つリヴィアが、心配の念を入れながら聞いてきた。


「大丈夫だ、気にするな。とにかく行くぞ!」


 俺達は走り出した。あの剣を創り出したであろう"幻想"の勇者ブレイブがいる、その場所へと。

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