第7話 十六夜の孤城

 俺はフィーナを見送った後、軽く朝食を取り、いつも通りリヴィアとハントりに出かけようとした。しかし今日は何故か、カルラも俺達と一緒にハントに行きたいと言い出したのである。


「今日は『城』にでも行ってみるか?」


「お、いいねぇ!」


 カルラは子供のようにはしゃぐ。


「リヴィアは他に行きたいとことかあるか?」


「私は別に構わないぞ。レンが行くところになら、私はどこへでもついて行こう」


 リヴィアはそう言うや否や、黒い霧に包まれ、神器化して俺のベルトに下がっている鞘に収まった。


「「・・・・・・」」



 ヴェルリムから5時間程歩いた場所に"ソレ"はある。巨大な湖の辺(ほと)りにたつ、赤黒い孤城だ。

 正式名称――十六夜(いざよい)の孤城。『聖域』の一つである。


 聖域というのは、世界に存在する13の『神器』が封印してあった場所だ。

あった、というのはつまり。今では聖域に封印されていた神器は全て適合者が見つかり、13人の『勇者(ブレイブ)』が神器を所持しているからである。

 故に、現在の聖域には神器が封印されておらず、あろうことかモンスター達の巣窟そうくつと化しているという現状。

 つまり、今日の俺達の獲物はモンスターというわけだ。


 城に到着した途端にリヴィアが擬人化し、俺の隣をトコトコと歩き始める。

 この城が造られたのは400年以上昔らしいが、赤黒い城壁には見渡す限り一切の傷跡がない。それどころか、老朽化した場所も見当たらなかった。

 リヴィア曰く。神器がこの地へ封印された際、その場所も神の加護を受けるらしく、永久に腐敗することはないそうだ。


「――にしても、でかいな」


 目の前の城を見上げ、俺は感嘆を漏らした。


「そうか? 私の聖域のほうがここの2倍はでかいぞ?」


「あーはいはい。そうだな」


 負けず嫌いなリヴィアの言葉を適当に聞き流していると、城の入り口近くまでまできていた。


「おふたりさん。夫婦喧嘩は程々にして、そろそろ中に入ろうぜ?」


 軽口の絶えないカルラの後ろに続き、どデカい城門を潜(くぐ)ると、芝生に囲まれた大きな庭園が俺達を迎え入れた。

 そのままぐるっと周囲を見渡す。左側には噴水が設置してあり、巨大なバットを模した石像の口から勢いよく赤い水が吹き出していた。普通噴水と言えば獅子を模したものを連想するだろうが、これにはちゃんとした理由がある。ここは昔吸血鬼の住家で、バットは吸血鬼の眷属だから、ただそれだけである。

 今度は右側に目を向ける。丸机と椅子が2つあり、背中から白い羽を生やした小さな子供が2人、机に顔をつけ気持ちよさそうに昼寝をしていた。


 すると、ふいに子どもの瞼が開かれ。


 ――目が合った。


「あれは……!!」


 リヴィアの声が聞こえ、我にかえる。だが、気づいた時にはもう遅い。

 子供は無邪気な笑みをこぼし、机の上に置いてあった金色の小さなラッパを吹き鳴らした。とても美しい音色が庭園全体に木霊する。


 それを聞きつけてか、ズガーンという音を立て、10体ものゴーレムが城の上から庭園に降ってきた。


 ――ゴーレム。モンスターの一種で、危険度はレベル3とされている。

 身体は土や岩で作られており、大きさは約2メートル程あるだろか。

 これだけならまだましだ。しかし、目の前にいる子供の姿をしたモンスター。――リトルエンジェル。こいつらに戦闘力はほとんど備わっていない。しかし、ゴーレムを呼びつけるラッパ。あれが相当に厄介で、危険度はレベル4だ。


 着地し態勢を立て直したゴーレムたちが、こちらへ向かって一斉に走り出してくる。


「来い。リヴィア」


 俺は隣にいる少女に手を差し伸べ、神器化するよううながした、のだが。


「嫌だ、と言ったら?」


 そう言い、リヴィアは俺を試すようにして笑った。正直ツンデレは嫌いではない。どちらかと言うと好きなのだが、状況を考えてもらいたい。


「多分かすり傷じゃ済まないだろうな」


「つれない男だな、お前は」


 リヴィアは微笑を残し、彼女の姿は黒いもやに包まれた。俺は空中に漂う黒い靄に右手を伸ばし、靄の中から漆黒の剣を勢いよく抜き放つ。

 剣はシャリーンと、耳心地のいい音色を奏でた。

 柄は全てを塗りつぶすような墨色。そして、刀身も全てを飲み込むかのような黒色をしている。


 俺に迫るゴーレムの数は6体。他の4体はカルラに狙いを定めたようだ。

 右側から1体のゴーレムが迫っている。俺は体を少し左に動かしゴーレムの突進を避け、その勢いを逆に利用する。

 剣をゴーレムの腹部にそっと押し当てるだけで、スッと音も立たずにゴーレムの体が剣を通り過ぎ、真っ二つになりながら地面に転がる。

 4体のゴーレムが間を開けずに突進してくるのが見え、俺は先程の態勢から一回転し、剣を左から時計回りに大きな弧を描きながら振り切る。それだけで左側の2体と正面のゴーレム2体を同時に仕留める。


 残り2体。


 正面からゴーレムの巨大な拳が迫る。俺は1歩前へ踏み出す。そのまま態勢を低くして攻撃を交わし、右から左に一閃。勢いを殺さずもう一歩前に出る。それと同時に手首を返し、前にいるゴーレムの右腰から左肩まで剣を振り切った。


 死んだゴーレム達は、その場に茶色の小さな宝石を残し、煙のように霧散して消えた。

 これは"核石"と呼ばれ、モンスター達が死んだ後、このような宝石をその場に残す。

 戦闘を職業とする魔族達は、モンスターを討伐した際に、この宝石をその証明として提示することにより報酬を受け取ることができる。

 何故モンスター達が核石を残し消滅するのか。詳しいことはまだ解明されていない。


「さっすがレンレン、やっるぅ」


 ヒューッと少し離れたところから口笛を吹く音が聞こえた。振り返るとそこにはカルラの姿があった。どうやらカルラもゴーレムを始末し終えたようだ。

 右手には腕の長さ程の剣が握られており、その剣の刀身は鈍い墨色をしていた。


 ゴーレムの攻撃を交わしそこねたのか、彼の頬には切り傷が1つついていた。

 しかし。頬の傷はみるみるうちに塞がっていき、数秒の合間に完全に塞がる。

 これは回復魔法の類ではない。【不死の勇者】カルラ・カーターの持つ、超人的再生能力だ。


 今までに、カルラの再生能力を何度か眼にしてはいるが、再生する時の音や、見た目が気色悪いのは慣れそうにない。


「――いや、まだだ」


 俺は改めて辺りを見回し、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

 先程のバットの噴水の中から、ザバーッと音を立て数10体のゴーレムが出現し、城の窓という窓からは、ざっと見400体以上のゴーレムがうじゃうじゃと溢れかえっていた。

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