第6話 殺意の露出
押し開いた扉から漏れてくる朝日は、寝起きの俺にとっては致命傷だ。右手で陽光を遮り、目から涙がでそうになるのを必死で堪えた。
扉の前にいたのは、身長3メートルを超える巨体のミノタウロスと、牙を尖らせた目つきの悪いウェアウルフ。そして、頭から大量の蛇を垂らしてこちらを見つめるメドゥーサの3人だ。
「――あら? 噂をすればってやつね」
「なんかようか? 最下位魔族の勇者様よぉ」
「やめなよタウロス。相手はあの勇者だぜ? ビビって"また"逃げ出しちまうだろ?」
何が面白いのか、目の前の3人組はニヤニヤと笑みを浮かべている。
「フィーナのパーティーがどんな奴らか見てみようと思ったんだが・・・・・・、にしてもフィーナのやつ、パーティー組むときはできるだけ同レベルの奴らと組むのが基本セオリーだって教えはずなんだけどな」
俺は軽くため息をつきながら独りごちる。
「いいんだよ"勇者"様よぉ。俺らは優しいからなぁ?」
ギャハハハハと笑うミノタウロス。まるで、自分のほうがフィーナよりも優れていると言っているように聞こえる。
「何勘違いしてんだ? お前らじゃフィーナにはつり合わねぇって言ってんだよ」
「「――は?」」
さっきまで笑っていた3人が、口をぽっかり開け固まった。
「ま、勘違いは誰にでもある。気にすんな」
そんな3人をよそに、俺は軽くフォローを入れてやる。数秒後、いち早く状況を飲み込んだらしいメドゥーサが声をあげた。
「ちょっ、ちょっとあんたさぁ? 勇者だからって調子乗ってない? 最下位魔族だからって、怪我じゃ済まさないわよ!?」
前々から気になっていたのだが、パット見100匹以上いる頭の蛇達一匹一匹には意志があるのだろうか。それとも、この女が全ての蛇の意志を統括しているのだろうか。メドゥーサの女と一緒に、シャーッと威嚇してくる蛇達を見て、俺はそんなことを考えていた。
「誰が勘違いしてるってぇ!? 俺らに逆らってただで済むと思ってんのか!? 殺されてぇのか!! あぁ!?」
ミノタウロスが怒りをあらわに、身の丈程もある巨大な鉈なたを握る手に力が入るのがわかった。
「いい機会だから、この際勇者だからって調子乗ってるお前に、本当はどっちが上か教えてやろうか?」
ウェアウルフがニヤニヤと笑いながら舌なめずりをし、その手が腰に下がっている短剣に伸びるのを視界の端に捉える。
「――弱肉強食の掟。まさか忘れたわけじゃないわよねぇ?」
弱肉強食の掟――それは黒の王国に存在する唯一にして絶対的な掟。魔族同士で小競り合いや喧嘩が起きたときには、戦ってどちらが強者ただしいか決めろ、という極めて単純明快な掟だ。
つまるところ、彼らは俺の発言が気に入らなかったらしく、弱肉強食の掟を建前に、俺を叩きのめしたいようだ。
彼らは前々から中位魔族の自分たちよりも格下である、最下位魔族の俺が勇者になったことをあまり良くは思っていなかったらしい。
それに"あの"噂もあって、俺は黒の王国の連中に蔑まれているのだ。いや、俺ばかりではない。同種の魔人達、俺の妹であるフィーナまでもが被害を被っている。
ミノタウロスが鉈を振り上げ、メドゥーサの蛇が逆立ち、ウェアウルフがナイフを逆手に構えたまさにその時だった。
「――楽しそうだな。どれ、私も混ぜてくれないか?」
突然後ろから美声が聞こえた。聞き慣れたその声から、声の主が"楽しそうに"笑っているのが安易に想像できる。
開け放たれた家のドアの中から姿を現したのは、艶のある美しい黒髪を背中まで伸ばした少女。
口元を手で覆ってはいるが、指の隙間から微かに見えるその頬には、見る者全てを釘付けにするかのごとき艶美な微笑が浮かんでいた。
「外が騒がしいから出てきてみたはいいが・・・・・・」
少女――もといリヴィアは、俺の隣まで来て立ち止まり、目の前にいる3人を値踏みでもするかのように順番に眺めてから、
「なんだ。レンと殺ろうというのだから、最上位クラスの魔族が相手かと思ったが……」
リヴィアは「興ざめだな」とでも言うように首を小さく振り、嘆息した。
「じ、神器を使うなど、卑怯だぞっ!!」
「神器がなくては戦えないのか! この最弱めがっ!!」
さっきまで殺る気満々だった3人は、リヴィアを前にして顔が青ざめていた。
きっと俺の腰に神器がなかったため、勝てると踏んでいたのだろう。
ミノタウロスとメドゥーサの発言に、リヴィアが少し苛立ちを覚えたのか、
「――お前ら、少し黙れ。死にたいのか?」
リヴィアから
きっと、昨日のことに彼女も少なからず、怒りを覚えていたに違いない。俺も昨日のことに関してはかなり頭にきていたし。
だが、それはきっと昨日だけの話ではないだろう。目の前の奴らは、今までに何度も何度も幾度となくフィーナを馬鹿にしてきたのだろうから。
そう言えば。魔人が人間とは違うのは、生まれた場所だけではない。
それは――。
魔人種は怒りの感情が沸点を超えると、眼色が変化する。
感情が高ぶれば高ぶるほどに、赤く。紅く。朱く――。
それが魔人と人間の決定的な違いであり、絶対的な魔族の証明だった。
いっそのこと、殺してしまおうか――。
不殺の誓いにはもう一つの意味が隠されている。この掟は他国の者を殺すことを禁止しているだけで、"同国の者を殺してはいけない"という決まりはないのだ。
即ち、同族同士の殺し合いは許容されて――。
「――はいはい。ストップ、ストーップ」
突然、今度は頭上から若い男の声が響いた。声の主を探すと、正面右の屋根の上に、ソイツはいた。
腰に下げている剣に、茶色の髪。そして、いつもと同じく楽しそうに笑っている。
その聞き覚えのある声を聞いた途端に、俺の中の怒りの沸点が徐々に下がっていくのを感じた。
「ったく。朝っぱらから殺気振りまくなって、"レンレン"」
そう言った後、ソイツは屋根の上から身軽に飛び降りると、真っ直ぐに俺の方へと近づいてくる。
「その呼び方はやめろって言ったろ? カルラ」
彼の名はカルラ・カーター。種族は俺と同じ魔人種。俺を含め、黒の王国に4人しかいない
カルラは俺の隣にいるリヴィアを発見した途端、「あ!」とわざとらしく言ってから、
「どこの幼女かと思ったら、なんだリヴィアちゃんか」
「フフ、いいだろう。まずはお前から殺してやろうか?」
いつも通り、リヴィアをからかった。一応神様のリヴィアに対して、こんなふざけた態度を取れるのは世界中どこを探してもカルラただ1人だろう。
「「カルラ・カーター様!!」」
目の前の魔族3人組は、揃ってカルラの前に膝まずき、頭こうべを垂れた。
俺に対する態度とは雲泥の差である。それもそのはず、2年前の大戦において、かなりの活躍を見せたらしいカルラは、他の魔族から一目置かれているのだから。
「いいっていいって。そういう堅っ苦しいの、俺あんま好きじゃないから」
カルラはそう言って、俺の方に向き直る。
「んで、なんかあったの?」
俺はカルラに現在の状況を軽く説明した。
カルラは黙って話を聞いていたが、途中フィーナの話になった途端、ピクッと眉が動くのをリヴィアだけが見逃さなかった。
話し終えると、カルラは少し悩んだあとに3人の魔族の方を見て。
「いやぁ、聞いた限りの話じゃレンレンの言ってる通りだしさ、ってかなんでそんなんで掟がどうこうなるわけ?」
3人は膝をついたままの姿勢でカルラの話を聞き、すぐさま反論した。
「あの小娘より俺らが少しばかり劣っていることは承知しております。ですが、この男は俺らに喧嘩を売ったのです!」
「そ、そうですカーター様! この男は無礼にも私達を侮辱したのです!」
「我らは弱肉強食の掟に従い、この男を殺す権利があるはず」
腰の剣に片手を当て、カルラは面倒くさそうにポリポリと頭を掻いた。
「まずさ、レンレンと戦うって発想自体が間違ってると思うんだよなー」
カルラの発言に3人が目を丸くした。しかしそれは一瞬のことで、すぐさまそれは笑いへと変わる。
「な、なんと!! こんな三下の勇者を庇うとは、流石はカーター様!!」
3人は尚も笑い続ける。仕方なそうに振り返ったカルラが、「いいのか?」と目で俺に問いかけてきたので、俺は首を振り愛想笑いを作った。どうせ、俺が何といったところでこいつらの認識は変わらない。
丁度その時、フィーナが身支度を整え家の扉からでてきた。
「すみません。遅くなりましたー……ってちょっと兄さん! なんでここに……」
その瞳が俺の隣にいる茶髪の男に吸い寄せられていき。
「カルラさん!」
「よっす!」
「来てらしたんですね!」
「そそ、久しぶりにフィーナちゃんの顔でも見に行こうかなーって思って」
「本当ですか?」
「ほんとほんと。そのついでにレンレンが朝っぱらから物騒なことしようとしてたから注意してただけよ」
「あ、お前……!」
「物騒なこと?」
「いや、そのだな。フィーナのパーティーメンバーに挨拶を、と思って」
「ふ〜ん。別にそんなことしなくてもいいんですけど。ま、私はこれからこの人たちと狩り(ハント)に行ってきますから」
「あぁ。くれぐれも無理はするなよ?」
フィーナは俺の方に顔を向け、笑顔で微笑んでくる。
「そ・れ・と! 今日はちゃんと早く帰ってきて下さいね。わかりましたか?」
フィーナが腰に手を当てながら俺の顔を上目目線にのぞき込んでくる。
「お、おう……!」
「カルラさんも、今度ご飯でも食べに来てくださいね?」
「行く行く、毎日行く!」
冗談なしに、こいつなら本当に毎日来かねないので後でよく言っておく必要がありそうだ。
「ふふ、それじゃあ行ってきます!」
「ではカーター様、お先に失礼いたします」
と丁寧に頭を下げた後、最後に俺を一睨みしてから3人は表道りののほうに向って歩き出した。
その3人に続いて歩くフィーナの小さな背中を儚げに見つめる茶髪の男に対し、俺がここで一言言ってやるのが優しさというものだろう。
「・・・・・・妹はやらんぞ?」
それを受け、カルラは一際楽しそうに笑った。
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