第4話 最弱の勇者
「今日の夕飯はブルーフィッシュのお刺身です!」
「「おぉ……!」」
お皿の上に山のように盛り付けてあるブルーフィッシュの刺身を見て、俺とリヴィアは歓声をあげた。
「ブルーフィッシュなんて高級なもん、一体どうしたんだ?」
ブルーフィッシュとは、青の王国領土内にある『塩の海』にしか生息していない高級食材である。元々数が少なく、青の民の目を盗んで捕獲する危険性。そして、ここから青の王国まではかなりの距離があるため、必然的に他の食材とは比べ物にならないくらいに値段が跳ね上がる。
上位の魔族ですらあまり口にすることはできず、ましてや家のローンを払うだけで手一杯の俺達には、到底口にすることのできない代物なのだ。
「実はですね、今日黒の領地に侵入してきた赤騎士8人を、私のパーティーが全滅させたんです!」
「赤騎士8人か! ってことは……」
「うん、金貨1枚貰えたんですよ。だから久しぶりに奮発しちゃいました!」
「――」
俺はフィーナの発言に何か違和感を感じた。何かがおかしい、と。
黒の王国内において、銀貨というのが最小の金銭。金貨というのが最大の金銭である。銀貨百枚に対して金貨一枚が同額。
赤騎士は高価な鎧や盾などを装備していることが多く、戦闘において傷がついたりしても、最低でも金貨1枚の報酬がでるだろう。
赤騎士1人につき金貨1枚だとしても、8人分で金貨8枚。魔族は通常4人1組のパーティーで編成されており、それを4人で分けるとなると、つまりフィーナが得ることのできる報酬額は・・・・・・
「ふッ、今回は私達の負けか」
「今回も、です」
フィーナは優しい。それに正直者だ。だからこそ、フィーナは嘘をつくことが苦手なのだ。
俺はフィーナをよくやったと褒めてやって、頭を撫でてやるべきだ。そして笑いながら3人で食事をする。そう。それが今この場での最善の選択だろう。
「どうしたんですか、兄さん?」
だけど俺は。そこまでフィーナの優しさに甘えるわけにはいかなかった。
「ごめんな……」
謝るしかなかった。俺には、謝罪する以外の方法が思いつかなかった。
「え? 私、何か謝られるようなことしましたか?」
フィーナは一瞬考え込むと、ハッと自分が重大なミスを犯したことに気づいたようだった。
「――あ。ち、違います、兄さんのせいじゃないですよ! 私ってほら、魔職しかできないですから、ね?
だから・・・・・・パーティーの人達と比べたら働いてないし、危険度も少ないから、妥当な金額なんです!」
フィーナの優しさが、今は心に刺さる。
俺のせいだ。俺のせいでフィーナまでも、こんなにも苦労している。
俺は今までどんな仕打ちをされても我慢してきた。しかし、フィーナまで馬鹿にされて黙ってられるほど、俺は温厚な性格じゃあない。
俺は勢いよく椅子から立ち上がった。
「駄目です兄さん!!」
「安心しろフィーナ。この私がいる限り敗北はありえん」
ゆっくりと椅子から立ち上がりながら、リヴィアはクスッと笑う。
「そういう問題じゃ……!!」
「行くぞ、リヴィア」
名前を呼ぶや否や、リヴィアは即座に黒剣へと姿を変える。
「待って下さい、兄さん!! ほんとのほんとに兄さんのせいじゃないんです!」
「――俺だけならまだ我慢できる。だが、俺の大事な妹が馬鹿にされるのだけは許さねぇ」
妹の名ばかりのパーティーを潰しに行こうと一歩足を踏み出したとき、フィーナに左手首を握られた。
「私は、兄さんを信じてるんです。みんなが兄さんを臆病者だって言ったとしても、私だけは兄さんを信じてます!」
フィーナは深呼吸し、自分の胸に手を当てて。
「それに、あの日・・・・・・兄さんが無事に帰ってきてくれたことだけで、それだけで私は幸せなんです。だから、だから……」
「フィーナ……」
今にも泣きだしそうな顔をしている、小さな妹の手を。
「・・・・・・」
振り払うことなどできるはずもなかった。
夕食を食べ終わり、いつも通り水浴びをしてから2階にある自室へと向かう。木でできた墨色の扉を開けると、机とベットしかない簡素な部屋が俺を出迎えた。
時刻は深夜の11時。部屋は暗く、唯一の光源はベットの上にある窓から覗く月明かりだけだ。そして、その窓枠には黒髪の少女が腰掛け、夜空を眺めていた。
俺はそのままベッドまで移動し、仰向けに倒れ込む。
クソッ……。
俺は視界を腕で覆い、換金所でのことやフィーナとの会話を思い出す。
腹が立つ。
何もかもがだ。
『違います! 兄さんのせいじゃないです!!』
俺のせいだよ。何もかもが俺のせいだ。
『おい、見ろよ! また臆病者がいるぜ?』
何が
どうして……、なんでこうなった?
俺は臆病者なんかじゃ、ない……
俺は、俺は・・・・・・
そのうち瞼が重くなり、脳が痺れる。
眠りへの誘いざないに低抗せず、俺はゆっくりと瞼を閉じた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます