第3話 今朝の約束
黒の王国において、俺達魔族は巨大なピラミッドに区別されている。
ピラミッドの1番上が黒の王国で最も強い者、そこから下に行くに連れその強さも下がっていく。
そのピラミッドの1番上に君臨するのが、黒の王国を統べる唯一にして絶対の地位を持つ魔王だ。その次が老魔閻と呼ばれる魔王のそば付き達。次が魔王軍幹部の10名である。
その後が最上位魔族、上位魔族、中位魔族、下位魔族と続き、1番下が最下位魔族となる。
魔王、老魔閻、幹部は個人で区別されるが、最上位魔族からはその種族ごとに分類されている。
そして。液体種スライムや子鬼種ゴブリンでさえ下位魔族に区分されているのに関わらず、そのピラミッドの1番下を牛耳るのが、俺達魔人種である。
魔人種は魔族だというにも関わらず、寿命は人間族のそれと変わらない。
巨牛種ミノタウロスのような腕力もなければ、人狼種ウェアウルフのような俊敏性もなく、ましてや蛇眼種メドゥーサのような特殊能力なども備わっておらず、それどころか容姿も人間族のソレと変わらない。
それ故、魔人種は黒の王国に生まれただけの人間族と、他の魔族から忌み嫌われ、迫害を受けていた時代もあったそうだ。
――今日も遅くなっちったなぁ……。
日が暮れてすっかり暗くなった空を見上げながら、俺達は早足に家路を急ぐ。
「このままでいいと、本当にそう思っているのか?」
隣を歩くリヴィアがそんなことを聞いてきた。
「思ってねぇよ。けど、何でもかんでも力で解決しようとすんのは間違ってるだろ」
「どうしてだ? 口で言っても分からぬ連中だ。ならば後は身体で分からせるしかないだろう?」
リヴィアの言うことには一理あるし、ここの掟にもそう記されている。だが。
「仮にお前の言う通りにしたとして、いったい何になる? あんな下位魔族に上下関係を叩き込んだところで、最上位魔族の貴族共を黙らせない限りはこのままだ。
・・・・・・2年前も、そうだったろ?」
それを受け、リヴィアの目がかすかに泳いだのを俺は見逃さない。
「まぁ、アレだ。度が過ぎた場合にゃ俺もキレる。だから、そん時は力を貸してくれ」
リヴィアは他に何か言いたそうだったが、それを強引に飲み込み言う。
「分かったよ。レンがそう言うのなら、私は構わないさ」
そう言ったリヴィアは仕方なさそうに笑って。
「全く。強情な奴だよ、お前は」
「そう言うお前はわがままだ」
「自分に素直なだけさ。お前ももっと素直になるといい」
途中焼き鳥の香ばしい匂いがし、後ろでキュルルルっと可愛い音が聞こえた。
「なぁ、レン?」
「――駄目だ」
俺は次の言葉を予測し、即答した。
「まだ何も言ってないだろう!」
言わずともわかる。なにせ、多分俺もこいつと同じようなことを考えているのだから。
「あの鳥、私に食べてほしいと鳴いているように聞こえないか?」
「気のせいだ。それよりお前、フィーナさんに殺されたいのか?」
俺の焦りを察してか、渋々彼女は焼き鳥を諦めてくれたようだった。
市街地から少し離れたところに、俺達魔人種の居住区画がある。
ほとんどの家々は、土や木を材料にしており色は黒っぽいものが多いのだが、その黒い家々が並んでいる中に一軒だけ空気を読まない真っ白い家が建っている。
俺達はその白い家の前で止まり、玄関のドアノブに手をかけた。
後ろを振り返り、緊張した面持ちのリヴィアに頷きかけ、ゆっくりとドアノブを回す。
正面。次に右、そして左。
よし。チャンスだ今しかない。
できる限り物音を立てぬようにして家の中に侵入し、ドアをゆっくりと、慎重に閉めていく。
――カチャン、と些細な金属音を響かせ、ドアが完全に閉まるのを確認する。
大丈夫だ。まだ気づかれてない。
額に滲む汗を服の袖で拭って、次の行動を開始しようとして――背中の服の裾をツンツンと引っ張られた。
「なんだよ? いいからバレない内にとっとと……」
「――バレない内にとっとと、何ですか?」
リヴィアとは異なる、女性の声。
フワリと雪のように鼓膜を震わせる銀鈴の声音は、聞くだけで虜になってもおかしくないレベルの美声だったのだが、残念ながら俺には氷のように冷たく感じられた。
耳に馴染んだその声だからこそ、声の当人がとてもとてもお怒りであることが安易に想像できたのだ。
「とっととってのはアレだ、アレ。そのー、つまり」
俺は勇気を振り絞り、ゆっくりと振り返って。
「すいませんでしたッ!!」
玄関にひれ伏した。。
「あんなに早く帰ってくるからって言ったのに、いったい何時だと思ってるんですか!?」
そこには、唇を尖らせ腰に手を当て仁王立ちしている少女の姿があった。
髪の色は俺と相反する蒼みがかった銀色で。肩まで伸ばしたショートボブが、少女の可愛さをよりいっそうと引き出している。
少女の名前はフィーナ。俺の自慢の妹である。
「えっと……」
俺とリヴィアは、玄関の壁にかけてある時計を横目でチラリと見る。
・・・・・・。
時計は夜の8時過ぎを指しており、フィーナさんがすごくご立腹なのも頷けるというもの。
「いや、その……」
「私、今度の今度はもう許しませんからね。昨日だって帰ってきたの8時30分過ぎでしたよね?」
「うっ……!」
決して反論を許さない、ズシリと重みを持った語尾の圧迫感プレッシャー。最近は帰りが遅くなっているからと、口酸っぱくフィーナに注意されたのが今朝の出来事である。
「実はだな、レンが換金所で受付のゴブリンと言い争っていてだ――」
「おいおいおいおい。なに俺にちゃっかり罪着せようとしてんだお前は!!?」
リヴィアの悪びれのない裏切りに、咄嗟に声が上ずる。しかし、フィーナが「兄さん!」と声を大にして、説教の遅延を許してはくれない。
「罪がどうこうの問題じゃないです。どんな理由があろうと、遅れたことに変わりはないですよね?」
これ以上ないとばかりの正論を語るフィーナさん。『遅れたことに変わりはない』とてつもなく重みのある言葉だった。
「そう、だな……。約束を守れなかった俺が悪い。
・・・・・・でも、明日は必ず早く帰ってくるから、な?」
「明日は明日はって、その言い訳は聞き飽きました。いったい兄さんの明日はいつ来るんですか?」
「うッ……」
昨日も一昨日も、俺はフィーナに絶対明日は早めに帰ってくると言って説教を免れていたのだ。そのつけが、今日返って来ることは知らずに。
これは長くなるだろうな、と思った時だ。フィーナは深くため息をつき、
「ちゃんと反省して下さいね。まったくもう……」
と、驚くべきことに折れてくれたのだ。
「しっかり反省しやす!」
あぁ、神よ。約束しますとも。絶対、明日こそは!! ――と、俺は明日の俺に全てを托すことにした。
やっと晩飯にありつける、と安堵した矢先である。
「すまないが、兄弟喧嘩は他所でやってくれ。私はお腹がぺこぺこなんだ」
そう言いながら、我関せずといった様子でフィーナの横を涼し気な顔で通り過ぎていく少女ばかが1人。
せっかくフィーナさんがお許しになってくれたというのに、この女はなんと怖いもの知らずなのだろうか。
まさかこの状況下で、悪いのは全部俺で、自分は何も悪くないとでも思っているのだろうか。いや、多分、思っている。なにせこいつは、つい8年前まで世界は自分を中心に回っていると思っていた女なのだから。
「リヴィーも気をつけて下さいね? じゃないと、兄さんとリヴィーの分のご飯は私が先に食べちゃいますから」
フィーナの女神のような微笑みから紡がれる氷の如き冷徹な声に、リヴィアの肩がピクッと動いた。
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