第2話 三人の冒険者

「――へへッ。おいボウズ、いいもん腰に下げてんじゃねえか?」


 無精髭を生やした体つきのいい中年の男が汚い笑みをこぼしている。目の前にいるのは3人で、武装は皆安そうな武器を1つずつ装備しており、手首についている紫色の腕証を見るに、どうやら3人ともDランク級冒険者ということらしい。


「まぢラッキー! 俺らツイてるよリーダー」


 左端にいる太った男が右手にがっしりと握られた金棒を抱きしめクネクネし始める。実に気持ち悪い。


「悪ぃことは言わねぇから、その剣を置いてさっさとお家に帰りな」


 今度は少し痩せ型の男が、俺の腰に下がっている純黒の剣を舐めるように見つめながら、腰の後ろにあるナイフを逆手で鞘からゆっくりと引き抜いた。

 多分本人にとっては牽制のつもりなのだろうが、この程度の殺気ではゴブリンすら怯ませることはできない。


「断る」


 俺の発言を受け、3人の顔から笑みが消えた。


「おいガキんちょ。見ての通り、俺達は冒険者だ。冒険者っつうのはな? 例えそれが最弱の魔族だとしても、ましてやそいつが16、17近くのガキんちょだったとしても、武器を持ってる奴に容赦はしねぇんだよ」


「"不殺の誓い"があるから殺しはしないけど、それなりの覚悟はできてるんだよね、ボク?」


 はっはっは。見事に舐められている。


「っつーわけで、最後の忠告だ。――剣を置いて消えな、ボウズ」


 忠告ねぇと、頭をかきながら、眼前にいるヤル気満々の3人組に、俺はもう一度言ってやった。


「だから断るっつってんだろ?」


 それを聞いた途端、3人が獰猛に嗤わらって。


「ハッ!! 後悔してももう遅え。お前ら、フォーメーションBで行く! しくじるんじゃねぇぞっ!!」


 無精髭の男が背中にある剣をシャッと心地よい音をたてながら抜いた瞬間、3人が一斉に走りかかってきた。


「おらぁっ!!」


 まず初めに太った男が右上から左下に向かって金棒を乱暴に振り落としてくる。俺はそれを左に半歩避ける。すると身体のすぐ横を金棒が通り過ぎていき、勢い余って太った男も前のめりに転がる。そして、間髪入れずに無精髭の男が左側から横一線にブォンッという音をたてながら剣を振り切る。

 俺は地面を少し強く蹴り、空中に飛び上がりその攻撃を回避した。そして地面に着地した瞬間、素早い動きで痩せ型の男のナイフが目の前に迫る。


「これ回避すんのは不可能だぜガキんちょ!!」


 痩せ型の男が勝利を確信し、口元が三日月に歪むのが見えた――のだが次の瞬間、その目が驚愕に見開かれる。


「おいおい……嘘、だろ?」


 連携は完璧だった。今の出来なら中位魔族である巨牛種ミノタウロスですら楽に倒せていた筈、だった。

 だが、そのナイフは目の前にいる黒髪の少年の鼻先3センチ手前で完全に停止したのである。


「確かさっき、武器を持ってるんだから覚悟がどうこう言ってたよな?」


 俺は右手の人差し指と中指できれいに挟んだナイフを奪い、くるくると回しながら痩せ型の男に笑いかけた。


「いや、ちょっ、まっ――」


 俺はそのまま左手を腰に下げている黒い剣の、漆黒の柄にそっと添える。

 その瞬間、目には見えない何かが。声にならない声が。冒険者達の体を通り過ぎていった。

 あえて言葉で表すのであれば、それは――悲鳴だ。



 一瞬、冒険者達の視界の色がモノクロになる。そして一秒も立たないうちにまた色を取り戻した。

 少年が左手のナイフを軽く横に振るった。すると、痩せ型の男の首筋にみるみる赤い線が浮き出し、プシュッと爽快な音をたて大量の血が吹き出す。


「ひぃっ……!!」


 太った男が悲鳴を上げ、転がるように逃げていった。

 今度はナイフを逆手に持ち替え、太った男に向け投擲とうてきした。ナイフは空気を切り裂きながら物凄い速度で飛んでいき、太った男の後頭部へと吸い込まれていった。

 少年はその結果を確認もせず、少し離れたところで立ち尽くす無精髭の男の元へとゆったりとした歩みで距離を詰める。


「お、おまえっ! 自分が何したか分かってんのか!? "掟破り"だぞ、"掟破り"!!」


 無精髭の男は最初の威勢がどこにいったか、地面にドスンと尻もちをつくとガタガタと震えて叫んだ。

 少年は、無精髭の男との距離を1メートルほどまで詰め、立ち止まる。


「――んなのバレなきゃいいだけの話だろ?」


 その言葉とほぼ同時に、少年の足が目の前の男の頭蓋を蹴り砕いていた。


 ドサドサッと冒険者達が意識を失い地に倒れ付すのを確認し、俺はふぅっと息をつき漆黒の柄から手をはなす。

 慣れた手つきで冒険者達の武器や防具を手際よく外し、事前に持ってきていた皮袋に詰める。

 ふと東の空に視線を向けると、空は橙色に染まり太陽が沈みかけていた。


「そろそろ戻るか」


 俺は腰に下がっている漆黒の剣の丸まった柄頭を手で撫でながら、"剣"に話しかける。


 すると、突如漆黒の剣が黒い靄へと変化する。黒い靄は俺から少し離れたところまで移動し、静止して。黒い靄の形が人の姿へと変化した。

 靄から現れたのは、全身漆黒に身を包んだ1人の美しい少女だった。

 背中まで伸ばした艶のある美しい黒髪から覗く、雪のように白い肌。長いまつ毛の奥にある瞳は、吸い込まれるような黒。また、少女が着ている服の色も黒を基調としており、少女の美しさを一段と際立たせている。

 少女はふわっと髪を靡かせながら、ゆっくりと地面に着地した。


「腹も減ったし帰ろうぜ、リヴィア」


「賛成だ。私もお腹と背中がくっついてしまいそうだ」


 リヴィアはお腹は抑えるジェスチャーをしながら上目目線にそう言った。


「それに、早く帰んないと今日もフィーナに怒られちまうしな」


 俺はリヴィアに笑いかけ、足早に家路へと歩き出した。


*****


「そこをなんとか! な、頼むよゴブリンのおっさん!」


 現在。俺は目の前に置かれた銀貨15枚を睨みつけている。

 今いる場所は、黒の王国最大の都市"ヴェルリム"。の、中にある換金所だ。


 『ダンジョン』が出現し、『モンスター』がこの地に放たれ400と50余年。

 俺達魔族に課せられた役目は、モンスターの抹殺と、他国勢力の排除だ。

 モンスターは危害を及ばす害虫。他国の戦士もまた、自分達とは相容れることのできない生き物である。モンスターを殺すことが当たり前であるように、敵国の戦士を殺すことも俺達にとってはごくごく当たり前のことだった。


 まぁ、2年前までは、の話しだが。


 受付にいる緑色のゴブリンが、俺と話し合ってから何度目になるかわからない大きなため息をついて。


「だーかーら! さっきから言ってるでしょう? このクラスの武具は、どう高く見積っても銀貨15枚! これ以上高くはできないんすよ!」


 2年前何があった、と道行く奴らに問えば、おそらく皆即答することだろう。


 ――2年前、大規模な大戦がこの世界で巻き起こったのだ。

 1つは俺達『黒の王国』。そしてもう1つは、人間族が支配する『白の王国』だ。


 事の発端は、白の王国の大規模ギルド"白薔薇エーデル・ワイス"が、黒の王国の魔族によって壊滅させられたことにある。

 その結果、白の王国側は勇者ブレイブを率いて黒の王国へと攻めいったのだ。


 『白の王国』側の総戦力は、3人の勇者ブレイブと、8万人の冒険者達。対する俺達の戦力は、4人の勇者ブレイブと15万の魔族軍。


 数だけを見れば俺達が圧倒的に有利だが、白の王国が昼間の奇襲――もとい先制攻撃を仕掛けてきたため、俺達は守りに徹するしかなかった。少なくとも初めの内は。


 遅れて戦線に駆けつけた勇者や幹部を筆頭に、少しづつだが確実に、形勢を立て直していった。圧倒的な数の暴力。そして純粋に破壊を好む魔族軍の前に、戦線は白の王国と黒の王国の境界線付近まで押し戻された。

 戦場に満ちる、血の匂い。足元を覆い尽くさんばかりの屍の山。思い返すだけでもゾッとする。

 大戦が始まってからたった数時間。それしか経過していないというのに、幾万という死者の山ができた。これは5大国ができて以来初めての大国同士の大戦に、双方どう戦ってよいか分からず、初めの内から全勢力同士で争ってしまったことが大きな原因だ。

 だが、ここまできて戦いをやめることはできない。いよいよ中盤戦が幕を開けると、そう思った矢先のことだった。


 大戦の最中、なんの前触れもなく『ソレ』は現れた。

 ソレは人間種のような顔立ちをしていた。しかし、ソレには白く美しい翼が生えていて――。見たこともない種族だった。それなのに、初めて目にするのに関わらず、その場に居合わせた者達全員が悟った。


 ソレは『化物』だ、と。


 恐怖に足が竦んで動けない者もいれば、危険を察知し戦場から一目散に逃げ出す者もいた。戦士にとってはあるまじき行為だが、この場は許しやって欲しい。なにせ、彼かの最上位魔族や幹部の連中、Sランク冒険者達。そして勇者ブレイブまでもが、ソレから発される尋常ならざる魔力リアに恐怖を覚えていたのだから。


 化物共は、静まり返った戦場を見渡し――。


『今この時を持って、ようやく我等は450年という長きに渡る議論の末に決断を下した。

 我等『七大天使』は、唯一神様の名の元に、貴様ら害虫を一匹残らず抹殺する――』



 大戦は終結を迎えた。いや、終結せざるを得なかった。

 その後すぐに、約450年ぶりの世界会議レヴィジョンが開かれた。理由は言うまでもあるまい。

 開催地は青の王国。これは未だに腹の内が煮えきっていない白と黒の王国の戦士が潜んでいるかもしれないという可能性があるためだ。そのため、辺りが海に囲まれており、援軍が用意に駆けつけることのできない青の王国が選ばれるのは必然と言ってもいいだろう。

 青の王国に集結した5大国の代表、即ち5人の王達が席につき、まず初めに議題に上げたことはと言うと。それは今回の大戦の事後処理である。

 互いに殺し合いを認知しているのだから、例え『ギルド』が壊滅させられたとしても、国を上げて攻めてくるのは間違っている、というのが黒の王国の意見だった。

 確かにその通りである。事実、今までだってそうしてきたのだから。しかし、その意見に他の3王達は簡単に首を縦に振ることができなかった。

 それは、白の王国の気持ちが分からなくはないからである。もし、自分達の国の戦士が他の国の戦士に大量虐殺された場合、自分達も同じ行動をするかもしれないからだ。否。王として、同じ行動をするだろう。

 両者ともに譲る気はなく、他の王達にとっても意見はバラバラ。妥協点が全く見つからず、その議論は三日三晩に及んだ。

 仕方なくその議題は後へと持ち越され、その後5大国同意の元、いくつかの盟約が交わされた。

 その一つに『不殺の誓い』というものがある。簡単に説明すると、何があろうと絶対に他国の者を殺してはならないという掟である。

 これはこの先アノ天使ばけもの共と戦っていく上で、各国なるべく戦力を減らさない為に設けた盟約で、これを破った大国は掟を破った者を処罰する、もしくは他の4大国により制裁を受けるという、盟約上最も重い掟となっている。

 そして、他の3大国の王達による多数決において、先の大戦の後始末は、特例で『不殺の誓い』が適用されることとなった。


 白の王国はそれでは物足りなく、黒の王国に至ってはそんなことを認める訳にはいかなかったが、決まった議題に反論することはできない――という掟が事前に決められていた為、ギルドを壊滅させたと覚わしき魔族を処刑する、という形で大戦における事後処理が決まった。


 まぁそんなことがあり、各国の換金所は敵国の戦士の武具の買い取りや、モンスターの討伐報酬のみに切り替えたわけだ。


「なぁゴブリンのおっさん、俺達の仲だろ? な? あと5枚くらいまけてくれたっていいじゃねぇか」


 目の前のゴブリンはまたハァと、大きなため息をつく。


「なぁにが俺達の仲だろ? ですか……。旦那がなんと言おうと、これは"上"がお決めになったことなんすよ」


 おっさんの言う"上"とは、即ち老魔閻のことだろう。国を管理している頭の堅い老人達の集いだ。

 やはり俺達の仲でも駄目なのか、とガックリ肩を落とした――その時。どこからか小さなささやき声が聞こえてきた。


『おい、見ろよ! また臆病者がいるぜ?』『まぢかよ、目障りだから早く消えてくんねーかな?』『なんだよ臆病者って? 俺にも教えろよ』『お前、"あのこと"も知んねぇのかよ! あいつはよぉ……』『バカ! 声がデケェ!』


 などと、ゴブリンやスケルトンの集団が"誰かさん"の陰口を呟いているのが耳に入ってくる。

 視線を戻すと、受付のゴブリンはなぜか申し訳なさそうな顔になっていて。


「はぁ……」


 またもや溜め息。だが、今のはおっさんではなく俺の隣で黙って会話を聞いていたリヴィアのだ。


「やはり、一度上下関係を教えてやるべきだとは思わんか?」


 リヴィアが横目で、ゴブリンやスケルトンの集団に氷のような視線を送っている。


「ほんの少しお前の実力を見せてやるだけで、事は解決すると思うのだが」


 確かにリヴィアの言う通り、実力行使すればこういった俺に対する陰口などの問題は大方解決することだろう。

 しかしだ。それをした場合、その陰口などの矛先が他の魔人種に飛び火してしまう可能性がでてくる。それでなくとも同種には迷惑をかけているというのに。

 俺は目の前にある銀貨15枚を腰に吊るしてある皮袋に入れた。


「また来る。サンキュな、ゴブリンのおっさん」


「……ちょっ、待てレン! そうひっぱるな!」


 銀貨14枚にサービスで1枚つけてくれた受付のゴブリンに礼を言いながら、俺は黒髪の少女の手を無理矢理に引っぱって換金所を後にした。

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