第21話『突然の誘い』

 突然の来客だったが、俺は説明を聞く前にトイレへ直行した。どうせ説明しろと言ってもろくなこと話さないと判断したため、とりあえずは尿意を優先することにした。


 手を洗い、ポケットから出したハンカチで手を拭く。そしてため息を吐いて、憂鬱な気分で部室へと向かう。


 なんでこんな気分になっているかは言うまでもなく、瑞斗――ではなく、瑞斗の彼女、水無月梓がいるせいだ。

 別に仲が悪いわけではない。だが、最近何かと理由をつけて俺をこき使ってくるのだ。

 この間だって、瑞斗との付き合って半年記念日のプレゼントの買い物に付き合わされた。


 憂鬱な気分を拭い切れないまま、俺は部室の扉の前で足を止めた。

 俺だって従いたくて従っているわけではない。もちろん理由がある。


「はぁ……」


 本日二度目のため息。先程の神経衰弱で俺の頭は疲れている。一人だけ異常なほど本気でやっていたからな。結果的に引き分けだったけど。


「あはは! やば! いつきくんFPSもやってんだね。見た目からは想像できないわ!」


 廊下にいても瑞斗の声が聞こえてくる。声が大きすぎるんだ。

 というか、『いつきくん』って青葉のことを言っているのか。仲良くなるのが早いのか、ただ馴れ馴れしいだけか。


 サッカー部でイケメン、この学年で陽キャランキングをしたら多分瑞斗はかなり上位だと予測できる。

 そんな瑞斗のことだ。おそらく前者だな。


 入りたくはないが、入るしかない。

 よし、と決意し、俺は部室の扉をスライドさせた。


「お、伊織! おせーぞ」


「用件はなんだよ、瑞斗」


「いやぁ、それならもう済んだぞ。葵から許可を貰ったからな」


「あぁ、そうか。わかった――ってなるか! 小野寺、瑞斗から何を要求されたんだ」


 小野寺に目を向ける。


「えっと、夏休みここにいるみんなで遊園地に行きましょうと誘われたので、はいと答えました!」


 俺がトイレに行っている短時間でなんで話が終わっているんだ。

 村田も青葉もこの話に了承したのか疑問なんだが。


「お前らはそれでいいのか……?」


「拙者はいいでござる。葵様と遊園地なんて贅沢極まりないでござるっ!」


「僕はみんなさんと遊べるなら遊びたいです……」


 興奮気味に村田が答える。まぁ確かに村田からすれば大好きな小野寺と遊園地は行きたいよな。


 村田に続いて青葉も俯き気味に答えた。恥ずかしいのか、頬を赤く染めている。


「ゲーム部というのは関係なく、ただ単に瑞斗が遊園地に行きたいだけなのか……?」


「まぁそれもあるな。ゲーム部ってずっとゲームしてるんだろ? たまにはパーッと外で遊ぶのもありかな、と」


「反論は出来ないが、なんで部外者が遊びの企画を提案してくんだ……」


 正直ほかの三人がいいと言っているなら別に文句はない。ただいきなり瑞斗がゲーム部に干渉してきたのが少し気がかりななだけだ。


 どうせくだらないことを企んでいるに違いないと予想しつつ、俺はため息を挟んで瑞斗の提案に頷き、賛成を示した。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 話し合いはメッセージのグループですることになった。

 要件を済ませた瑞斗と水無月は部室を出ていった。


 そういや、今日水無月一切喋らなかったな。後輩相手に人見知り発動しているわけでもなかろうし。

 村田とはクラスメイト。小野寺とも会えば毎回挨拶を交わす程の仲だ。


 理由は分からないが、俺自身に要求がなかったことが幸いだ。多分俺とあいつだけだったら今頃ジュースを買いにグランド横の自販機まで走っているところだ。


「本当にいいのか? 遊園地とか結構疲れるぞ?」


「僕はみなさんと遊園地に行きたいです! あまりゲームとは関係ないですが、ゲーム部の仲を深めるには良いと思います!」


「ゲームをする上で大事なのは絆ですしね! 私もみんなで遊園地は賛成です!」


「葵様と同じでござる! あわよくばお化け屋敷で葵様の手を――」


 なんかみんなの思考が読めてしまった。


「うん。みんな遊園地に行きたいんだな」


 ゲームも楽しいが、やはり遊園地などでワイワイしたいのかもしれない。

 なんで選りにも選って夏に遊園地なのか。プールとか海とかの方が俺的には行きたい。


 邪な考えは置いといて、青葉の水着が気になる。この学校はプールの設備がないため、夏になってもプールはない。

 設備があろうがなかろうが、青葉は後輩なので水着を見ることは出来ない。


「色々あって時間が過ぎちゃいましたね。始めましょうか、ゲーム部!」


「「おー!」」


 村田と青葉が声を合わせて掛け声する。

 打ち合わせでもしていたかのように息ピッタリだな。

 俺も遅れて掛け声を挟んだ。


 それが終わると、各々ゲームの準備を始めた。

 今のところ、『グラモン』の戦績は俺とランク1で、村田と青葉はランク2。そして小野寺が最高ランクの6。小野寺だけ装備が別格だ。


「今日は阿澄くんのランクを2にすることを目標に頑張りましょー!」


 目標が決まった。どちらかといえば俺の目標なのだが、それが今日の部活の目標となった。

 村田よりゲームを始めたのは早かったが、とっくにランクは越されていた。


「阿澄伊織”だけ”、”まだ”ランク1でござるからね、拙者たちが手伝ってあげるでござるね よ」


 勝ち誇った表情で、『だけ』と『まだ』を強調してくる村田に俺は怒りを覚えつつ、作り笑顔で答えた。


「ありがとう、村田。やっぱりゲーム部の絆は大事な」


「足を引っ張っておいて何を言うでござるか」


「こいつ! ついに言いやがった!」


 ゲーム部に絆が生まれるのはもう少しあとの話。


「早く阿澄先輩と村田先輩の間に生まれて欲しいですね、絆」


「青葉、最後に付け足すように絆を入れるのやめろ!」


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