第20話『有意義な戦いは幕を閉じる』
村田が一時ピッタリに部室にやって来た。
扉を抜け、トランプの並べられた机を一瞥すると、怪訝な顔で質問してきた。
「何をしてるでござるか?」
「見たらわかんだろ、神経衰弱だ」
と、簡単に簡単に答えると雑な相槌を打ち、部屋の隅のカバン置き場に肩にかけていたショルダーバッグを置いた。
一時になってしまっているが勝負はまだつかない。途中経過は以下の通り。
小野寺――二十二枚
青葉――六枚
そして俺は十八枚。最初の四枚がなければ同点だったのだが、運も実力のうちという。最後に巻き返すしかない。
正直言って、戦況はよくない。小野寺のターンの前に青葉のターンがやってくるのだが、記憶力がないのか事前に揃っている数字が出ても何故か引き当てることが出来ない。
そして次のターン、平然と小野寺がそれを回収する。これの繰り返しで、俺は今ピンチに陥っているわけだ。
もしかしてグルなのではないかと最初は疑ったが、青葉と小野寺は純粋に神経衰弱を楽しんでいる様子だったので、その思考は序盤に消し去った。
「村田くんも途中経過する?」
「あっ、葵様から拙者のようなミジンコがゲームに誘われているでござるかっ!? これは夢でござるか、阿澄伊織!」
「知らん知らん。てか、今から参加しても勝算はないぞ。神経衰弱は出たカードを覚えるゲームだしな。今参加したところで前になんの数字が出たか分からないから、完全に不利だぞ」
「そういえばそうですね……村田くん、ごめんなさい! もうすぐ終わるので少々お待ちを!」
「夢だったようでござる、阿澄伊織」
ショックだったのか声のトーンを低くして、悲しそうに呟く村田。
てか、語尾に俺のフルネームを入れるのいい加減にやめてほしい。
そんなことより、今は負けられない戦いに集中しよう。
机に並べられているカードの残り枚数は八枚。小野寺に一度でも引き当てられたらどう足掻いても同点。つまり勝ち筋はなくなるということだ。
今は俺のターン。ここで俺が四回連続同じ数字のカードを引き当てれば勝てる。
一先ず二セットは把握している。
「ふぅ……」
それを引き当て、俺は安堵の息を吐いた。
さらにここで深呼吸。
あとを運を頼りにするしかない。
「青葉殿、何故阿澄伊織はあんなに本気で神経衰弱をしているでござるか? あんなに本気で神経衰弱をやる人は初めて見たでござる」
「あはは、多分『グラモン』が原因じゃないですかね。いつもモンスターに、その……やられまくってるので……」
「納得でござる。『グラモン』はやられてばっかりで楽しくないから、他のゲームをやっているというわけでござるな」
俺の横で向かいに座る青葉と耳打ちで話す村田。真横だからか、全部聞こえてるんだよなぁ。
「阿澄伊織……落ち込むことないでござるよ。いつかうまくなるでござる。多分、おそらく……」
「聞こえてないフリしてんだがら、唐突に哀れんでくんな! というか語尾に保険かけるのやめろ。別に上手くなれなくても楽しくやれれば俺は充分だ」
まぁ綺麗事だが。モンスターを狩るゲームなのに、逆に狩られるとか何が楽しいのだ。
とはいえ、みんなとやっている時はそれも楽しいが。
気を取り直し、視線を机の上のトランプに向ける。四枚のトランプ。引き当てられる確率は二分の一。どちらを引くか……――よし、決まった。
「こっちだっ!」
勝利の女神はあちら側に微笑んだ。俺の得意ジャンルすら、小野寺に勝つことができないのか……。
「次僕ですね」
「うーん」と首を曲げ、唸りながら悩む。何故悩むのかは分からない。あとは運だけだぞ、と言いたいところだがこの考え込んでいる顔も可愛い。男だけど。
残っているのは6とJ。俺がさっき外したので数字はわかっている。
これも引き当てる確率は二分の一。
ここで青葉が引き当てることができれば、今回の戦い。俺と小野寺の引き分けで幕を閉じるが。
「あ、やったー! 当たりましたよ! って、僕これでもまだ十枚です……」
最初に二枚を引き当て、残った二枚も引き当てる。
結果的には引き分けで終わったが、得意ジャンルの神経衰弱で勝てないのは悔しい。
「負けちゃいましたが、久しぶりの神経衰弱、すごく楽しかったです! また次やる時は村田先輩も入れてやりましょう!」
「そうですね。私もすごく楽しかったです! 途中所々阿澄くんの笑顔が見れたので、なんか嬉しかったです、ふふ」
青葉に続き、小野寺も神経衰弱をした感想を語る。最後の最後に不意打ちをくらい、俺は思わず無意識に歪む口元を腕で覆い隠した。
「何を赤面でにやけているでござるか? 阿澄伊織。聖女である葵様の崇拝する気になったでござるか?」
「隙あらば小野寺教に勧誘しようとするのやめろ。てか赤面でもないし、にやけてもねぇよ」
「ふっ、威勢だけはいいでござる」
こいつ……。
怒りを抑えつつ、俺は席を立つ。実際にやけてしまっていたが、村田の嫉妬による挑発で収まった。そこは感謝だな。
「阿澄くん、どこに行くんですか?」
「ちょっとトイレに行ってくる。ゲームに集中しすぎてトイレに行きたかったことを忘れてた」
「了解です! 行ってらっしゃい!」
部長から必要のない了承をもらい、俺は部室の扉に手をかけた。
そして横にスライドさせ――
「お、伊織。お出迎えか?」
サラサラの黒い髪に、茶色の瞳。やんちゃそうな風貌の割に、制服はきっちり着こなされている。爽やかイケメンというのはこいつのことを言うのだろう。
後ろには少し不満そうな表情を浮かべる女子生徒の姿もあった。髪は茶色よりの黒髪。染めるのは校則で禁止されているため、おそらく地毛なのだろう。
同じクラスではないが、女子生徒の名前はもちろん知っている。水無月梓だ。
ゲーム部に、尚且つ休日になんでこいつらがここに来るのか理解できない。
俺は尿意を我慢しながら、呆れ顔で目の前の男に告げる。
「――ゲーム部になんの用だ、瑞斗」
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