第16話『瑞斗は試練に挑む』


 昨日、俺は高校生活初めての部活をした。

 私生活で変わったところを強いて挙げるなら、本を読む時間をゲームに割いてるってことくらいだ。

 基本帰宅時間も変わらないし、部活に入ったからモテ始めるってこともない。


 朝の登校もなんら変わらない。

 今日も隣にはイケメンがいる。



「お前をいじりたい……」


「唐突に気持ち悪いことを言うな」


 隣を歩く生涯モテ期のイケメンが、数学の教科書を睨みながら呟く。

 イケメンの名は碓氷瑞斗。運動神経特化型のイケメンだ。勉強はまるっきりできない。前回のテストだって赤点ギリギリだったらしい。


 そんな瑞斗は今日、大いに焦っていた。

 瑞斗の焦る理由は一つしかない。学校で毎年夏休み前に行われる実力テストが今日あるからだ。

 別にこのテストの結果が成績に関わったりするわけではない。

  ただ、瑞斗がサッカー部の顧問にノルマを課せられているだけだった。


「テスト半分取れなかったら次の試合出させてもらえないんだよぉおおおお」


「はぁ。テストの度にそれを言ってるよな。夏休み空けたら期末テストもあるんだぞ。そっちの心配した方が、まだマシだろ」


「助けてくれ、伊織」


「ふん、リア充は彼女と勉強会でもしとけ」


 鼻を鳴らし、絶望感に浸る瑞斗をこれでもかというほど嗤う。

 いつもの仕返しだ。


「梓も馬鹿なんだよ! 昨日梓ん家で勉強してたんだが、途中からあいつゲーム始めやがってさ」


「は? なんで勉強会してんだよ」


「支離滅裂すぎないか」


 なんて会話を交わしながら、気付けば学校の前に到着していた。

 だが、そこで瑞斗は何かに気付き足を止めた。


「やばい。やばいぞ、伊織」


 門前には運悪く、サッカー部の顧問が仁王立ちで立っていた。

 焦るイケメンの反応も、これはこれで面白い。できることなら動画を撮ってやりたいところだが、さすがに俺もそこまで鬼じゃない。


「じゃ、俺先に行っとくぞ」


 その代わり、置いて行こう。

 俺には関係ないしな。サッカー部の顧問とか、話したことないし。

 見た目はゴリゴリ系で如何にも体育教師っぽいが、担当教科は数学だ。


 俺が瑞斗を横目に歩き始めたとき、後ろから女子の声が聞こえてきた。


「阿澄先輩!」


 訂正。女子ではなかった。

 そこにいたのは青葉いつき。昨日夜一緒にゲームをしたゲーム部の後輩だ。

 見た目は完全に男の制服に身を包む美少女。

 昨日通話していた時よりも、女子寄りの声に聞こえる。

 

「は、初めまして? 青葉いつきです!」


「あ、あぁ。ども。伊織の友人の、碓氷瑞斗です」


 青葉が気を遣ったのか、俺の隣にいる瑞斗に自己紹介をする。

 少し困惑気味に、瑞斗も自己紹介を返す。


 瑞斗は俺に耳打ちで言う。


「いつの間にこんな可愛い女の子と仲良くなったんだ? 伊織」


「先に言っておくが、青葉は男だ。んでもって、青葉が前言ってたゲーム部の後輩だ」


 ゲーム部に村田と一年生の男子生徒が入ったことは瑞斗も知っていた。

 もちろん名前も言っていたのだが、やはり青葉の見た目には驚いている。

 瑞斗は困惑を隠せないまま、視線を青葉に移し、足元から頭の先までもう一度確認した。


「ドッキリか何かか?」


「俺も初めて見た時はそう思った」


 瑞斗が青葉の前で耳打ちやチラチラ見るせいで、青葉は怪訝な表情を浮かべてしまっている。


「いいこと考えたぞ、伊織」


「最初に言っておく。やめとけ」


「伊織、成功の鍵はお前だ」


「はぁ……」


 青葉は細い腕に付けた腕時計に視線を下ろすと、何かを思い出したかのように声を上げた。


「あ!」


「どした?」


「僕今日日直でした、あはは。先に行きますね! 阿澄先輩、また放課後ー!」


 そう告げると、青葉はこちらに笑顔で手を振ると、すぐに門の方へと走り出した。


「おう。走るのはいいが、転ぶなよ」


「はーい! だいじょ……イデッ――えへへ、大丈夫ですっ!」


 門を抜けると、俺の予想していた通り青葉は転けてしまった。

 土の上に転けたのが不幸中の幸いだ。鼻は赤くなっているが、血は出ていない。


 青葉が手を振るので、俺も振り返した。


「やっぱり仲良いな」


「青葉は誰とでもあんな感じだぞ」


「ふーん」


 小さくなっていく青葉を遠目で見送り、俺は瑞斗に視線を向け直す。


「てか、さっきの作戦はどした? 俺も早く教室に行きたいんだが」


「まず、伊織が山本に話しかけるんだ」


 山本というのは、さっき言っていたサッカー部の顧問で、瑞斗の天敵でもある人物。


「え、普通に嫌だ」


 先程も言ったが、俺は山本と話したことがない。見るからに怖い教師だ。瑞斗の悪賢い作戦に加担しているとバレたら、俺まで怒られかねない。


 どう考えても、ハイリスクノーリターンだ。


「瑞斗くんに阿澄くん? 門の前で何やってるんですか?」


 後ろからまた別の声が響いた。

 だが聞き慣れた声。声主は見なくても分かった。


「小野寺、こいつが今から試練に挑むんだとよ。死なないように応援してやってくれないか」


「試練ですか……? が、頑張ってください、瑞斗くん!」


「聖女から応援してもらえるなんて、瑞斗は幸せな者だな。じゃ、俺は行くわ。小野寺、ありがとう」


「お、お安い御用です……?」


 小野寺はなぜ応援させられたのか、状況の整理が出来ていない。できるはずもないけど。

 俺からお礼に、小野寺は怪訝な顔で頷いた。


「せっかくだし、小野寺も一緒に教室まで行くか?」


「そうですね! 瑞斗くんは放っておいて大丈夫なのでしょうか?」


「おう、大丈夫だ」


 俺と小野寺は門を抜けた。ホームルームまで残り五分。あいつに付き合ってたら遅刻しそうだ。


「おい! 待て伊織!」


 俺は足を止めない。俺も本当はこんなことしたくないんが、イケメンにも試練は必要だからな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る