第11話『名前を呼ぶのって案外難しい』

 放課後の図書室。

 最近は一人じゃなくなった。

 隣には小野寺葵がいる。


 別に深い理由などない。小野寺もライトノベルが好きになった。ただそれだけだ。

 俺が先日おすすめした本を甚く気に入ったらしく、もう五巻まで読み進めたらしい。

 ストーリーもそうだが、小野寺的にはメインのヒロインが一番好きだという。


 図書室で静かに二人で読書をする。

 少し前までは小野寺が隣にいること自体、違和感があった。だが、今ではこの距離感もなんだか心地よく感じる。

 小野寺が『ロリ聖女』と呼ばれている理由がなんとなく分かってきた。


 おそらくもう少ししたら、ゲーム同好会というものが完成する。

 もちろん小野寺といる時間も必然と増えるはずだ。

 そうなると、色々と考えないといけないことも増える。


 まずはお互いの呼び方だ。



「なぁ、小野寺さん」


「どうしたんですか?」


 小野寺は本から視線をスライドさせると、俺を見て小首を傾げた。

 それに動きに連動して、銀色の髪が揺れ、間から小さな耳が見えた。


「そろそろ呼び方を変えたい、と思ってな」


「そ、そういえばそうですね! お互いずっと苗字で呼び合うっていうのもあれですしね!」


 ずっと小野寺のことを『小野寺さん』と呼ぶのは正直面倒くさい。普段タメ口なのに、呼ぶときは『さん付け』って、違和感がすごいんだよな。

 『さん』を外せばいいだけなのかもしれないが、いきなり外すのもそれはそれで難しかったりする。

 


「てなわけで、お互いどう呼ぶか決めよう。呼ばれたい呼び名とかあるか?」


 小野寺には学校内で慣れ親しんだあだ名が存在する――『ロリ聖女』だ。

 まぁ、さすがに『ロリ聖女』とは呼べないよな。

 嫌われる気しかしないし。


「いっ、いきなり言われても思いつきませんよ!」


「まぁ、そうだよな。普通に葵でもいいか?」


「へっ!?」

 

 小野寺は間抜けな声をあげると、すぐに顔を下に向けた。

 さすがにいきなり名前呼びを提案するのは馴れ馴れしかったか。



「ま、待ってください! とりあえず紙にいくつかの候補を書くので、一度呼んでもらっていいですか……!?」


 顔をすぐにあげると、そう言ってカバンからメモ帳を取り出した。

 そして筆箱からペンを取り出し、流れるように紙に文字を書いていく。

 

 書き終わったのか、その紙を俺に渡してきた。

 心なしか、嬉しそうな表情を浮かべている。まぁ人に自分で考えたあだ名を呼んでもらうのは楽しいしな。分からんでもない。


「……あ、あおちゃん」


「い、いいです! そんな感じで全部お願いします!」


 前言撤回。

 やっぱり何が楽しいのかわからん。

 

 結局紙に書かれていた呼び名候補をすべて呼んだが、最終的に小野寺が選んだのは普通に『葵』だった。


「俺は普通に伊織でいいぞ」


「い、いお……いお……難易度高すぎます!」


 小野寺は羞恥のあまり、顔を両手で隠してしまう。


「せめて言い切れよ! あと『り』だけだぞ!」


「呼ばれるのも結構難易度高いんですよ? でも呼ぶ方はそれ以上に難しいんですよぉっ!」


 はぁ、これは慣れるまで時間がかかりそうだ。

 まぁ無理して呼び名を変える必要はない。小野寺が苗字の方が呼びやすいというんだったら、別に俺は構わないが。


「とりあえず俺は小野寺って呼ぶよりあお……あお……」


 あ、俺も多分無理だ。


「すまん、俺も普通に小野寺って呼んでいいか?」


「な、名前で呼ぶのって難しいですね……」


 俺たちには難易度が高すぎた。

 いきなり名前で呼ぶには勇気がいる。俺も瑞斗のようなイケメンだったら、女子の名前もさりげなく呼べるんだろうけど。今度瑞斗に教えてもらうか。


 なんて思いながら、視線を時計に移す。


「あ、もう六時だな」


 サッカー部が終わる時間だ。


「今日も俺たちと一緒に帰るか?」


「はい! お願いします!」


 小野寺は今日もペコリと頭を下げた。

 三日連続くらいか。小野寺は俺たちと帰り道を共にしている。


「そういえば、部員募集の紙完成したのか?」


 帰り支度をしながら、俺は小野寺に質問した。

 小野寺が部活を作ると言い出して数日経ったが、今のところ何もしていない。リミットは残り五日くらいだ。


「はい! 一先ずこんな感じでどうでしょう」


 小野寺が見せてきたのは、A4サイズの画用紙で作ったポスターだ。

 一番上には大きく赤色で『ゲーム部』と書かれている。厳密には同好会だが、まぁそこはとりあえず置いておくとしよう。


「入部条件とかはなしか?」


「入部条件はこれです!」


 あ、ほんとだ。まぁまぁ大きめに真ん中に書いてあった。てっきり誘い文句かと。


 というか、『ゲーム好きなら誰でもおっけー!』って。入部条件と呼んでもいいのか、これ。

 正直小野寺目当てで来る奴がほとんどな気がする。


「今日はこれを掲示板に貼ってから帰ります!」


「そうか、わかった。じゃあ俺が貼っておくから、小野寺は瑞斗と校門で待っててくれ」


「いいんですか? それくらい私がしますよ?」


「気にするな。俺も一応はゲーム部の部員だからな」


「えへへ~、ありがとうございます!」


 お礼の言葉を口にすると、小野寺は鼻歌を歌いながら図書室を出て行った。

 本当に分かりやすいやつだ。そこが可愛いところでもあるが。


 とりあえず、このままこのポスターを貼ると、明日大変なことになるに違いない。

 入部条件を少しばかり難しくしてっ、と。


 よし、これでいいか。

 右下に小さく入部条件を書いておいた――『入部条件:副部長による判断』


 小野寺曰く、俺はゲーム同好会の副部長らしいからな。

 独断と偏見を基に、明日部員を決めるとするか。

 単純にゲームが好きで、みんなと部活を通してゲームを楽しみたいと思っている小野寺の気持ちも尊重したいしな。

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