第一章:幕間

幕間・上『シスターズの追跡』

 私の名前は小野寺白葉おのでらしろは

 私にはお姉ちゃんがいる。小さくてすごく可愛いお姉ちゃん。

 でも、そんなお姉ちゃんが最近一人の男と学校で親しげに話しているという噂を聞いた。もちろんお姉ちゃんからはそんな話一度も聞いたことがない。

 


 今日、お姉ちゃんが久しぶりにオシャレして出掛けて行ったので、家から尾行してきた。

 案の定、途中で噂の男(?)と会い、そのあと一緒に猫カフェへと入って行った。

 

 さすがに中に入るとバレるので、通りを挟んで向かい側にある喫茶店の窓から猫カフェの出入り口を監視している。



「ねぇ。全然出てこないんだけど!」


 かれこれ喫茶店に入って一時間近く待っている。

 でも、男と二人で猫カフェに入って行くところは確かに見た。つまりは噂は真実だったということ……。

 あの男が誰なのか、確かめるまでは帰るわけにはいかない。


「乃依の方が視力良いんだから、乃依も一緒に見てよ! 見逃したらどうするの!」


「ん」


 私の向かい側に座って、無表情でオレンジジュースを眺めている少女は阿澄乃依あすみのい。私のクラスメイトで、学校の元生徒会長。頭もよくて、テストの学内順位は常に一位。


 話すことないと思っていたけど、中学三年生で同じクラスになってから、ある共通の話題でよく話すようになった。

 共通の話題と言うのは、ゲームのことだ。乃依もかなりゲーム好きらしく、先日も乃依の家にお邪魔したばかり。


 乃依は私の唯一の友達。

 喫茶店に着いたあと、一人が寂しかったので呼んだら、案外すんなり来てくれた。

 でも、見ての通り、乃依はかなりのマイペース。視力も聴力も私より優れているのに、それを使ってくれないので意味がない。


「報酬分は働くよ。でも眠たいから今は寝かせ、て……」


「寝ないでよ! 乃依ったら、全然働く気ないじゃん!」 


 乃依の言う報酬は、先程私が奢ってあげたオレンジジュース。

 というか、乃依に限ってはいつも眠たそうにしている気がするんだけど……。


「あ、乃依見て! 私のお姉ちゃん出てきた! あの男が私のお姉ちゃんを騙して……」


「あ、私のお兄ちゃんだ。……え、なんでお兄ちゃんが?」


「え、あの人乃依のお兄ちゃん!?」


 衝撃の事実。だが、これは意外と好都合なのかもしれない。

 乃依はお兄ちゃんが大好き。そんな大好きなお兄ちゃんが女の子と二人でデート。これを知らないフリはしないはず……!


「乃依、あの二人いい感じに見えない? あのままだと付き合っちゃうかもねぇ~」


「大丈夫。お兄ちゃんが一番好きなのは乃依だから」


 まぁ私の目が届く限り、お姉ちゃんと付き合うなんてこと許さないけどね。


 お兄ちゃんを信頼しているのか、思っていたより乃依の様子は普通? 自信があるのはいいことだけどね。


「あ、またどっか行こうとしてる。乃依! 行くわよ!」


「……おに……じょぶ……お兄ちゃん、大丈夫……お兄ちゃんは大丈夫……」


 ……いや、乃依の思考が停止してる。やっぱりショックは受けてるんだ。

 そんなこんなしているうちに、お姉ちゃんたちは歩き始めてしまった。急がないと見失ってしまう。

 どうにか乃依を立たせ、一緒に喫茶店を出た。


「何話してるんだろ……。乃依、聞こえる?」


「買い物……ショッピングモール……本……」


 単語しか出てきてないけど、なんとなく分かった。

 今からショッピングモールに買い物しに行くのね……。

 そうと分かれば、一先ずは安心! いい感じに買い物を邪魔をして、二人の仲を引き裂いてやるんだから。


 前を歩く二人の目的地は、乃依が聞き取った通りショッピングモールだった。

 土曜日だから人が多い。これは見失わないように気をつけないと。


「乃依もしっかり見ててね。ここで見失ったらおしまいよ!」


「ん、頑張る」


 乃依の思考は再び回り始めたようで、乃依の目は珍しく本気。これで、二人を!


「白ちゃん、二人が動いたよ」


「あ、ほんとね」


 一瞬の隙も許されない。

 私も本気で尾行しないと。


 むぅ、邪魔をすると言っても、この人の多さでは結構難しい。

 それもお姉ちゃんに気付かれずとなると……。


 二人がまず立ち寄ったのはメガネ屋さん。

 会話は聞こえないけど、どうやらお互いメガネを選んでいる。

 そういえばお姉ちゃん、目が悪くなったとか話していた気が……。


 お姉ちゃんのメガネ姿見てみたい!

 行け! 阿澄伊織! お姉ちゃんにメガネを掛けろぉ!


「似合う?」


「あぁ、いいと思う」


 眼福! 確かにお姉ちゃんのメガネ姿を見れたのはありがたい! 

 けど、会話が完全にカップルのそれなんですけど!

 とりあえずお姉ちゃんのメガネ姿はスマホに……。


 おかしい。付き合ってないよね、あの二人。一回、みーくんに確認してみる。

 みーくんというのは幼馴染の碓氷瑞斗くん。お姉ちゃんと同じ高校二年生。サッカー部で彼女がいて。確か、阿澄伊織と仲が良いって聞いたことがある。


 一先ず、みーくんにメッセージを送る。


『ねぇ、一つ訊きたいことがあるんだけど、今大丈夫……?』


『どうした?』


『確認なんだけどね、お姉ちゃんと阿澄伊織って付き合ってないよね?』


『あぁー、まだ付き合ってないな』


『そっか。まだ付き合ってないん……まだ!?』


『すまん、部活の休憩終わったし、行くわ!』


 いいところで逃げられてしまった……!


「ねぇ、白ちゃん。お兄ちゃんたち動いたよ」


「あっ! メッセージに気を取られてたわ!」


 次はどこに行くんだ、阿澄伊織……。

 メガネ屋さんを出た二人を追いかけようとしたとき、後ろから声がかかった。


 明らかに私たちに向けられた声だ。



「おぉ、これはこれは! 葵様の妹、小野寺白葉様とお見受けできる!」


「村田!」


 そこにいたのはお姉ちゃんの同級生の村田。


 お姉ちゃんの学校には小野寺教というものが存在するらしい。村田は小野寺教の教派の一つ、『葵様を崇め隊』の隊長。

 阿澄伊織も、こうやって陰でお姉ちゃんのこと崇拝していればよかったのに……。


「村田こそ、一人で何してるの?」


「拙者は少し買い物を……白葉様は?」


「私はび……じゃなくて、私たちも買い物に来たのよ、あはは」


 危ない。さすがに尾行しているとは口が裂けても言えない。作り笑いで誤魔化しつつ、奥で移動を開始するお姉ちゃんたちを目で追う。



「――ねぇ白ちゃん、この人だれ?」


「おぉ! 白葉様のご友人ですか。拙者、『葵様を崇め隊』隊長の村田――」


「ねぇ白ちゃん、この人変だむぐぐぐ」


 乃依が、この人変だよ、と言おうとしたので、言い終える前に手で軽く口を押えた。

 私も言わないように我慢しているんだから。


 前を歩くお姉ちゃんたちを見て、いいこと思いついた。


「ねぇ、村田。一つお願いがしたいんだけど……」


 ここで村田と会ったのも何かの縁。

 村田に直接接触してもらい、二人の邪魔をする。何をしてでも、二人の仲を引き裂いてやる!

 お姉ちゃんは誰にも渡さないんだから! 

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