第9話『聖女様は子猫と戯れる。』


「おい、我が妹よ。家族会議を開きたいのだが?」


「ん、いいよ」


「いいよ、じゃない。会議はリビングでやるってさっきから言ってるだろ!」


 俺の部屋のベッドで、仰向けでスマホゲームをしている妹の乃依。

 俺の唐突な怒声にびっくりしたのか、スマホを持っていた手の力が抜け、スマホがそのまま乃依の顔に直撃する。

 無表情で涙を浮かべる乃依。心なしか、怒っているようにも見える。


「一階に行くぞ、乃依」


「鼻、折れた」


「そんなんで折れねぇよ」


「うっ、お兄ちゃんの容赦ないデコピン」


 乃依はかなりマイペースだ。

 おそらく父親譲りだな。顔は母親似だが。


 気付くと乃依は俺のベッドから降り、一階へと向かおうとしていた。

 俺もその後ろをついていく。



「よし、じゃあ乃依。家族会議を始めるぞ」


 リビングに着き、食卓に向かい合って座ると、俺はすぐに家族会議を始めた。

 乃依は怪訝な顔で俺に訊く。


「……二人で?」


「そうだ。会議をする原因はお前だからな」


 今日、学校で小野寺から聞いた。俺がシスコンだということを乃依が言いふらしていることを。

 何度も言っているが、俺はシスコンなどではない。


「乃依。瑞斗と小野寺さんの妹に何か言っただろう? 忘れたとは言わせな――」


「忘れた」


 乃依のことだ。忘れたと答えるとは思っていた。

 だが、即答どころか、俺の言葉を遮ってくるとは。


「うそ。覚えてる。シスコンだよって、白ちゃんに言った」


 白ちゃんというのは小野寺の妹のことか?

 まぁ会話の流れ的にそうだよな。


「それだよそれ。そのシスコンが――」


「お兄ちゃんは、乃依のこと好きじゃないの……?」


 それは反則だろ、妹よ。

 兄として、家族として答える。


「大好きだ」


「だよね。てことはシスコンじゃないの……?」


「ちがーう! それとこれとはまた違う!」


 まずはこの違いを教えないと話が進まないな。


「俺が乃依を好きなのは家族だからだ。それ以上でもそれ以下でもない」


「わかった。あ、今日の夜ご飯はハンバーグがいい」


「よし、お兄ちゃんに任せろ! 超美味しいハンバーグを作ってやるからな!」


 

 一時間後。

 時刻は午後六時。

 ハンバーグは作り終わり、食卓に乃依と二人。


 作り終えてから、ふと思ってしまった。

 俺は、もしかすると妹を甘やかしすぎているのかもしれない。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 土曜日。


「んー! 阿澄くんすごいです! 本物の猫ちゃんを触ってますよ! 私猫ちゃんに初めて触れました!」


 俺は現在、学校で一番の人気を誇る女子生徒と二人で、何故か猫カフェへと遊びに来ていた。

 小野寺は子猫を抱っこすると、頬擦りしながら声を上げた。


 今小野寺が抱っこしている白い毛並みをしている猫は、どうやらマンチカンという種類らしい。

 綺麗な店内には十匹の猫がいるらしく、どれも聞いたことのある種類から初めて聞く種類の猫まで。多種多様な色の猫がいる。

 どの猫も。セレブが飼っていそうなほど、毛並みが整っていて綺麗だ。


「あー! この子も可愛いですよ、阿澄くん!」


「あぁ、そうだな……」


 小野寺の周りには自然と猫が集まっている。そのおかげで小野寺も上機嫌だ。

 だが、逆に俺のところにはどうだろう。

 一匹も来ないんだが。よし、早速だが切り札を使うとしよう。


 このお店は猫にお菓子をあげられるらしい。

 お菓子はもちろんお店から購入したもの限定。別料金はかかるが、それでもこのまま猫に触れずに帰るのは勿体ない気がするので、猫用お菓子を小野寺にバレないように買った。


「ほらー、こっちにこーい」


 小さい声で猫を呼ぶ。

 小野寺の周りに集まる猫の内の一匹が、こちらを見た。


 店員さん曰く、お菓子を見せると猫はすごい勢いで寄ってくるそうだ。

 期待しながら、俺は猫にお菓子を見せた。


「…………あれ?」


 来ない。

 いや、さすがにそれはショックなんだが。


「阿澄くん! 手に持っているものはなんですか?」


「あぁ、猫用のお菓子だよ。俺はもういいから、あとは小野寺にあげるよ……」


「え、いいんですか! 一つもなくなっていないように見えるのですが」


 だって誰も食べに来てくれないからね!


「小野寺があげてくれ」


「そうですか、わかりました……阿澄くんがいいと仰るなら!」


 一瞬で小野寺の目が輝く。

 そして小野寺がお菓子を持った瞬間、猫ちゃんたちは嬉しそうに鳴き始めた。


「なんだ、この人間差別……」


 癒されるどころか、心に深い傷を負ってしまった。

 人間どころか、動物に嫌われてるとは。


 ――にゃ~~~~~


 足元で猫が鳴く。

 どうやら俺の心境察したらしい。

 茶色と白色の毛並みをしたスコティッシュフォールドという種類の猫だ。


「小野寺、猫用のお菓子一個くれるか?」


「はい、元々阿澄くんのものですからね。全然大丈夫ですよ」



 先程購入したお菓子を小野寺から受け取り、それを足元にいる猫にあげる。


「よしよし」


 撫でると猫はまた鳴いた。

 可愛い……癒される。さっきまでの傷が癒えていく。あぁ、最高だ。



 それから一時間ほど猫カフェを満喫し、俺と小野寺は店を出た。

 興奮冷めやらぬ表情の小野寺。


「また来るか。夏休みが明けてからでも」


「はい! また来ましょう!」


 小野寺の嬉しそうな表情を見ていると、こちらまで嬉しくなってしまう。

 だから無意識に誘ってしまった。また小野寺の笑顔が見たくなってしまったのだ。



 そのあと、俺と小野寺は駅前の大きなショッピングモールで少しぶらぶらすることにした。家に帰るには少し早い。

 男としては、もう少し美少女との時間を堪能したい。最初で最後かもしれないしな。


 俺と小野寺は並んで歩く。

 後方からの視線に気付くことなく――。

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