第8話『聖女様は猫派らしい』

 心理戦での疲労感が癒えることなく、二限目の数学を迎えた。

 運がよかったのか、今日の数学教師は休みらしく、俺たちのクラスは自習となった。


 無論、自習と言っても、俺に勉強する気などない。

 カバンから本を取り出し、栞の挟んであるページを開く。


 そういえば、先程から小野寺がソワソワし始めた。

 初会話の時は俺から話しかけていたな。もしかすると、小野寺は人と接するのが苦手なのか?


 何か言いたそうにチラチラとこちらを見る小野寺。そのたび、綺麗な銀髪が揺れ、微かに甘い匂いが香る。


「小野寺さん?」

「あ、阿澄くん!」


 偶然か、小野寺と声が重なった。


「あ、俺の話はいいから」


「阿澄くんからでお願いします……」


 重なったのが恥ずかしかったのか、小野寺は俯きながら上目遣いでそう言った。

 怯えている子犬みたいで可愛い。


「いや、俺は別になんとなく声をかけただけだから。何か言いたいことあるんだったら、全然言ってくれればいいぞ」


「そ、そういうことなら……。阿澄くんに聞きたいことが三つあります!」


 予想の三倍多いな。

 俺は本をカバンに戻し、完全に聞き手の体制に入った。


「わかった、いいぞ」


「ま、まず一つ目なんですが……」


「ん?」


「あっ、阿澄くんって……」


 歯切れが悪いな。

 心なしか、顔も赤い。体調が悪いようでもないが。


「阿澄くんって! す、好きな人とかっ! いたりしますか……?」


 思いの外、ストレートな質問だな。

 というか、声が大きい。まぁ自習のおかげで教室はうるさいし、他のクラスメイトに俺たちの会話が聞かれた様子は見受けられない。

 一応監視という名目で違う教科の教師はいるが、普通におじいちゃんだ。今は教卓の上に置いた腕に顔を乗せ、ぐっすり眠っている。起きる様子はない。


「小野寺さん、少し音量下げてくれ……」


「あっ、すいません……」


 このクラスにだって、当たり前だが小野寺教の奴らがいる。

 今の会話を聞かれたら、少なからず誤解を生む。


 とりあえず今は聞かれた様子もないし、小野寺の質問に普通に答える。


「好きな人は今のところいないかな」


「そ、そうですか。じゃあ二つ目です!」


 あと二つもあるんだよな。俺が答えられるものだといいが。


「私の妹から聞いたんですが、阿澄くんってシスコンなんですか……?」


「……は?」


 俺の思考は小野寺の言葉で停止し、再び一瞬で高速回転を始める。


「おいおい待て待て。なんでその情報が小野寺さんの妹から出てくる?」


「あ、知りませんでしたか? 私の妹、阿澄くんの妹とクラスメイトで親友らしいんですよ!」


 いや、全然知らなかったんだけど。というか、何その関係性。どこのラノベだよ!

 学校一の美少女の妹が、俺の妹と親友なんて。偶然にしてはできすぎだろ。

 帰ってから妹に聞くことがまた一つ増えた。


 それはとりあえず置いておくとして。


「いや、俺はシスコンじゃないから。ただ妹がほんの少しだけブラコンってだけ。俺の妹が勘違いしてるだけだから」


「そうなんですか? なんかごめんなさい」


「いや、小野寺さんが謝ることじゃないけど」


 瑞斗に関してもそうだが、乃依があることないこと話すせいで、俺がシスコンみたいになり始めている。確かに甘やかしているところはあるが、それは両親の代わりになろうとしているからだ。


 断じて、乃依に特別な感情があるわけではない。


「三つ目頼む」


「じゃあ三つ目です。瑞斗くんから聞いたんですが」


 その質問の始まり方は嫌な予感しかしないんだが。

 しかも最後の質問で瑞斗が関わるのは本気で怖い。


「阿澄くんって、猫派なんですか!?」


「え」


 逆に予想外の質問だ。

 瑞斗のやつ、言っていいことと悪いことの区別ができるようになったんだな。感動した。

 帰りに頭を撫でてやるとするか。


「まぁ、うん。そうだな、犬より猫の方が好きかな」


「本当ですか! 私の周りに猫好きな人が少なくて、最近猫カフェが駅の近くにできたみたいなんですよ! 一緒に行きませんか!」


「別にいいけど」


「やったー! 瑞斗くんも私の妹も犬派で一緒に行く人いなかったですよ! 予定とか話したいので、連絡先とか交換しませんか?」


「そういえばそうだな。連絡取り合えないってのは何かと面倒だし。ふるふるでいいか?」


「はい!」

 

 とりあえず連絡先を交換し、一先ず質問タイムを終えた。

 小野寺は満足そうな笑顔を見せた。


「本でも読むか」


 本の入ったカバンに手を伸ばした時、ふと思った。


 なんで今さりげなく二人で遊ぶ約束をし、連絡先まで交換しているんだ、俺……。

 小野寺は「ねっこカフェ~! ねっこカフェ~! ふっふふーん!」と歌っている。ただ猫カフェに行きたかっただけ。他意はない。

 二人で猫カフェに行くことや、連絡先を交換したことに、別に大した意味はない。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 学校から帰宅し、着替えていると、スマホから音が鳴った。

 見ると、小野寺からのメッセージのようだ。


 ――阿澄くん、こんばんは


『おう』とだけ返すと、すぐに返信が来た。


 ――早速なんですが、猫カフェにいつ行くか決めたいんですが、今大丈夫ですか?


 相当猫カフェに行きたいんだな。

 確かに俺も行ったことないし、興味はあるが。


『俺はいつでも大丈夫。できたら夏休み前までには行っておきたいかな』


 別に夏休みに何か予定があるわけではない。なんとなくだ。


 ――じゃあ今週の土曜日はいかがですか?


『俺は大丈夫』


 そういえば小野寺も帰宅部だったな。


 ――では、学校近くの駅に十三時集合でお願いします!


 

 今週の土曜日、『ロリ聖女』と二人で猫カフェに行くことになってしまった。

 別に他意はない。ただの付き添いだ。

 そう心に刻み、俺はスマホのカレンダーを開き、今週の土曜日に『猫カフェ』とメモをした。

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