第7話『瑞斗との心理戦』

 ここ一週間、小野寺と会話していない。

 別にだからというわけではない。少し前の距離感に戻っただけの話だ。

 でも、相変わらず小野寺とよく目が合う。前より心なしか、目を逸らす速度が速くなった気もする。


「伊織、葵が見てるぞ」


「んなこと言われてなくても分かってる。分かってるから今も知らないフリしてんだろうが」


「早く見てやれよ。葵が涙目になってる」


「まじか?」


 俺はすぐに小野寺の方を見た。

 だが、涙目どころか、悲しそうな顔一つしていない。

 小野寺はすぐに目を逸らしたので、俺も視線を瑞斗に戻した。


 だが、気付けば瑞斗は俺の後方へ回っていて、先程の場所にはもういない。


「お前騙したな!」


「俺には涙目に見えた。それだけのことだ!」


 言い終えたと同時に瑞斗から勢いよく蹴られたボールは、ゴールへ吸い込まれるように入った。俺が余所見している間を狙うとは、スポーツマンシップが欠けているようだ。


「余所見狙ったのか。ふん、素人相手にそんな卑怯な手を使うとは」


「使える手は使っておかないとね」


「それでもサッカー部か!」


 今日は一限目からクラス合同で体育をしているため、こうして授業中に瑞斗とサッカーという名の頭脳戦を繰り広げていた。

 

 今、男子はサッカー、女子はバレーをしている。基本バレーは体育館でやっているのだが、今日は何故かグラウンド横のバレーコートを使っている。


 そのせいで、女子からの声がうるさい。特に瑞斗に向けての声が。

 しかも今サッカーをやっているため、サッカー部の瑞斗はより一層、輝きを増す。


「また瑞斗に抜かれたのかよ! 伊織しっかりしろよ!」


 クラスメイトに怒られてしまった。

 その様子に、瑞斗はご満悦のようで。


「ファイト、いっおっりっくーん!」


 うざいとキモいのダブルコンボありがとう。イケメンの煽りほどうざい物はない!


「潰す。ぜってぇ潰してやる!」


 帰宅部がサッカー部を止めるのは難しい。だが、今俺と瑞斗の間で行われているのは、あくまで心理戦。とはいえ成績などは関係なく、どちらがより相手の弱味を突けるかが勝利の鍵を握る。


 そんな二人の攻防を知らない女子生徒たちの声は、瑞斗が俺を抜いたことによってさらにヒートアップする。


 クラスが違うせいで、瑞斗とは敵だが、それは本望だ。

 こうしてリア充を潰すチャンスができたというだけの話。


「次は俺の番だな、覚悟しろよ瑞斗」


 俺はディフェンスを、フォワードのクラスメイトと交代してもらい、万全の体制を取る。

 攻守交代。次は俺が攻める番だ。

 俺のキックオフから、試合は始まる。


「へぇ、伊織にしては珍しく本気だな。葵が見てるからか?」


 瑞斗は相変わらず攻撃型だ。

 だが、もうその手には乗らない。


「そういえばお前、この間昼休みに人気のないところで水無月とポッキーゲームをしたんだって?」


「な、なんでそれをっ……」


「隙あり!」


 瑞斗が羞恥に、その場で立ち尽くす。

 その隙を狙い、俺は敵陣のゴールへと走る。


「させるか!」


 もちろん瑞斗のように上手くはないので、すぐにボールは瑞斗の他のクラスメイトに取られる。

 だが、瑞斗の弱味を突けたことで俺は満足。ボールは取られたが、これでポイントは引き分け。


「どうしたのかなー! みっずっとっくーん!」


「くっ……」


 水無月というのは瑞斗の彼女――水無月梓のことだ。イケメンの彼女というだけあって、水無月は相当可愛い。

 そして瑞斗の弱味を突いたポッキーゲーム。それは水無月の口から直接聞いたもの。

 

 敵の弱味を知っておくのは、戦いに置いて一番大事だからな。前もって聞いておいてよかった。

 これを聞き出す時ために支払った報酬は五タピオカ。つまりタピオカを五杯分。

 四回は奢り終えているので、あと一回奢れば終わる。水無月の謎のこだわりのせいで、駅前の少し値段の高いタピオカを奢ったのだ。今回の出費は結構痛かった。


 だが、そのタピオカは予想以上の結果をもたらしてくれた。


「ふん、これが五タピオカの力だ!」


 タピオカ万歳!

 タピオカさえあれば、水無月から色々聞き出せるからな!


「参ったか! 参ったと言え!」


 と、その時、呆然と立ち尽くす瑞斗の足元にボールが転がってきた。


「まずっ!」


「ふっ。残念だったな。俺も一つ、とっておきの物を知っている」


 俺が足を伸ばした時に遅かった。

 瑞斗の薄気味悪い笑みに、俺は苦笑いで応える。


「と、とっておきの物……」


 ゴクッ――生唾を飲み込み、瑞斗の言葉を待つ。


「小野寺のことなら、もう俺には通用しないぞ……」


「いいや、小野寺のことじゃない」


「じゃあなんだ! は、早く言え!」


「お前……」


 クラスメイトたちからは変な視線を向けられているが、今はお構いなしに二人のワールドを展開する。

 

「最近妹と一緒に寝ているらしいな……!」


「なっ! いや、それは誤解だ! というかなんでお前が知ってんだ!」


「ほう、否定はしないのか」


「い、いや……やってない! 俺は本当にやってないんだ! 信じてくれよ!」


 どこかの推理ドラマみたいな展開になっているのは気のせいだ。


「証拠はある。乃依の直筆の手紙だ」


 そう言って、瑞斗はポケットからある物を取り出した。

 出てきたのは小学生が使ってそうな可愛いメモ用紙。そしてそこに書かれていたのは――『お兄ちゃんと、今日も寝ました』という誤解しか産みようない一文。


「いや! これは完全に誤解を生む書き方だろ」


「いいのか? これを葵に見せても」


「それは心理戦というか、ただの脅しじゃねぇーか!」


 俺と瑞斗が体育の授業で繰り広げた心理戦は、俺の敗北で幕を閉じた。

 授業終了後、俺と瑞斗は体育の担当教師にこっぴどく怒られました。


 帰ったら乃依に説教しなくてはならない。

 よし、決めた。

 罰は今日から一週間、夕飯は乃依の要望を聞かないことにする。

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