第6話『聖女様は頬を染める』

「ふと、思ったんだけどさ」


 ぼっーと天井を仰いで、俺はゲームに夢中の二人に声を掛けた。


「んー?」


「どうしたんですか、阿澄くん」



 俺の言葉に、瑞斗と小野寺が適当に返事をする。二人の視線はゲーム画面に向いたまま、手が止まることもない。

 俺は先に四回死んでしまったため、復活もできずに二人の戦闘を眺めているだけ

 俺のせいで、二人は死んでも復活できない。だが、二人に死ぬ気配は一切なく、回避と攻撃を繰り返し、順調にクエスト達成に近付いていた。


「瑞斗って彼女いるのは納得できるんだよ。イケメンだしな」


 これに関しては事実だ。事実だからこそ、可愛い彼女の存在に納得できる。

 それに瑞斗は俺の敵であり、全人類非リア充の敵だしな。


「いきなりどうした? 悩みがあるなら聞くぞ」


 せめてチラッとはこっち見ろ、イケメン。


「いや、ねぇよ。……はぁ、そうじゃなくて、その理論で行くと、なんで小野寺さんには彼氏いないのか、と思ってな」


 俺が言い終えた瞬間、部屋に聞き慣れたゲームの死亡音が流れる。

 その音はどうやら小野寺のゲーム機から流れているみたい。


「あれ、小野寺さん死んだの?」


 視線を天井から小野寺の方へと向ける。

 死んだことが余程恥ずかしかったのか、頬は真っ赤に染まっている。そして俺と目が合った瞬間、目を瞑り、ゲーム機で顔全体を隠した。


「半分伊織のせいだけどな」


「いや、四回死んだのはまじで反省してる。次に活かせはしないが、反省はしてるから」


「はぁ、こりゃ葵も苦労するな」


 首を横に振り、瑞斗はため息を吐いた。


「…………」


 小野寺さんはゲーム機を顔の前に持ってきたまま、何も話さない。

 別に一回死んだくらい、どうってことないだろ。俺なんて四回死んでるんだぞ。


「よし、とりあえずクリア」


 瑞斗のゲーム画面には『メインクエスト達成』というテロップが出てきている。


「どうする、まだやるか? 結構色んなクエストも行ったし、時間も時間だけど」


 集中してゲームを遊んでいたせいか気付かなかったが、時刻は時計の針は五時を示していた。


「今日友達が家に遊びに来てるから、遅くなってもいいよって乃依からさっき連絡が来た」


「わ、私は家隣だし大丈夫……けど、やっぱり私は帰ろうかな! 目も疲れてきたし!」


「葵の言う通りだな。今日は昼からずっとゲームしてるしな。伊織に関してはゲーム画面見てる時間の方が少なかったけど」


「言われなくても分かってる」


 少し早いがお開きとなった。

 小野寺も結局顔を見せることなく、先に帰ってしまった。


「なんで葵に彼氏ができないのか不思議だな、阿澄くん


「いきなり苗字で呼ぶな、気持ち悪い」


「相変わらず辛辣だな、伊織は。まぁ、どうせ気付いてるんだろ?


「ふん、何を言ってるのかさっぱり分からんな」


 そう言葉を残し、俺は部屋を出た。

 瑞斗の言葉の真意には気付いているものの、それを内心で知らないと否定しているだけ。

 運命などはなく、何かの偶然の重なり。それがモブキャラの『阿澄伊織』と学校で一番の美少女『小野寺葵』との出会いだ。


「お邪魔しました」


 複雑な感情の篭ったため息を吐き、俺は瑞斗の家をあとにする。

 外に出て、隣の家を一瞥して、駅の方へと歩を進めた。


 駅へ向かう途中、俺のズボンのポケットが小さく震えた。

 先程妹に送った『帰る』というメッセージに対する返事が今返ってきていた。


 ――私の友達もついさっき帰ったところ。


『りょーかい』っと、送る。


 ――寂しいから三分以内に帰ってきてね、お兄ちゃん。


「俺はカップラーメンか」


 妹からのメッセージを既読無視する。

 数秒後、ポケットが震えた。確認程度に、ホーム画面を見る。


 ――お兄ちゃん、返事。


 その数秒後、再びメッセージ。


 ――返事返事返事返事返事返事返事…………


 怖い。いつの間に妹はヤンデレ妹にランクアップしていたんだ。


『すまん、今手が離させない。できるだけ早く家に帰るから』


 ――乃依より大事な物、ある?


 多分素で聞いているんだろうな。

 まぁ正直言って、家族より大事な物はないだろ。


『ないです』


 と、返す。


 駅に着くまで、妹と強制的にメッセージをやり取りさせられた挙句、何故かドーナツを買ってきてと頼まれた。

 早く帰ってきてほしいんじゃないのか。


 ドーナツを駅前で購入して、駅に入った。

 そして改札口にて、一人の少女とすれ違った。

 麦わら帽子に白いワンピースを身に纏った少女だ。腰近くまで伸びた髪は、見慣れた銀色で、瞳は青い。

 小野寺を彷彿とさせるその人物は、気付いて振り返った時にはもういなかった。


「あの髪の長さは小野寺じゃないよな……」


 俺の幻覚ではないなら、あれは一体誰なんだろうか。

 頭を悩ませていると、先日電車の中でしていた、小野寺との会話を思い出した。


「確か、小野寺って妹がいるって言ってたよな……?」


 あの子が小野寺の妹なのか?

 身長は小野寺より高く、服装も顔立ちもやけに大人びている。小野寺の妹の年齢を聞いていなかったのが惜しい。とはいえ、どちらかと言えば、小野寺の妹というよりは姉に見えた。

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