ー7- 過去
『ねぇ、———くん。せんそうって、いつおわるとおもう?』
モネが訊いてきた事だった。その時無力だった自分は、いつ終わるかなんて想像もつかなかったから、
『………ずっと、さきかな』
そう答えることしかできなかった。
『そっかぁ。じゃあ、わたしたちがおばあちゃんになったら、おわるかな?』
モネは変わらぬ調子で言った。
『……そのまえに、ぼくはせんそうにいっちゃうよ』
決められた未来をモネに言うと、悲しい表情を浮かべた。
『………はやく、へいわになればいいのにね』
『……うん』
自分だって、戦争に行くのは嫌だった。でも、これは国が決めたこと。子供は7歳から戦争の駒になる為に、様々な事を学ばされる。戦い方や、確実に敵の命を絶つ方法、状況に応じて的確な行動をするためのシミュレーション、国の為に無理やり教え込まされる。
サイバー攻撃も無人の兵器による人が死ぬことのない戦争は、戦争と呼ばなくなってしまった。ただ、資源が減るだけ。
戦争は勝たなくては意味がない。向こうの人を減らさなきゃ、こっちがやられる。先に戦力がなくなった方が負け。だから、相手の戦力を減らす為に、核が何発も撃ち込まれ、その中を防護服で身を包んだ駒が確実に戦力を減らす為に、駆ける。
放射線を完全に防ぐ術はまだできていない。だから、防護服を着込んだ駒ですら、汚染された大地を長く駆けてれば命を落とす。細胞の修復が間に合わないから。
国の偉い人以外は、全部駒。戦争で死ぬのが普通。それが、あの時の常識だった。
始まりも、終わりすらも見えない戦争で、いつか平和になるなんて、儚い望みに過ぎない。
モネもわかってるはずだった。互いの両親は国の駒として死に、育ててくれた大人も戦争に行ってしまった。次は自分たちの番なんだと、嫌でも理解してしまう。
教育係の大人が自分たちを識別番号で呼ぶ。名前は自分たちで付け合った。モネは花が好きだったから、そこから気に入った花を選び、名前を付けた。
『おべんきょうのじかんだね』
『……ぼくは、べんきょうきらい』
『でも、がんばらなくっちゃ』
『……………』
人を殺すための技術を、どうして学ばなくてはいけないのだろうか。戦争を始めた人たちだけでがんばればいい事なのに。どうして、自分たちまで戦争に巻き込まれなければならないのだろう。
モネが立ち上がり、手を伸ばしてきた。
『こっちのおべんきょうがおわったら、ここでまってるよ』
『………うん』
嫌でも、どうせ無理やり学ばされる。教育係が冷たい声で識別番号で自分たちを呼んだ。
『はやくいこう。おこられちゃう』
『…………………うん』
戦争が続く原因を絶てば、平和になるのだろうか。
モネの望む、平和になるのだろうか。
青い空に草花が覆う大地。何を絶てばいいかなんて、その頃には分かっていた。
『………つよく、ならないと、ね』
モネの望む平和に、人類はいらない。
13歳になってから、本格的なシミュレーションが行われるようになった。
夜の戦いのシミュレーションは、広い部屋で行われた。地下シェルターは日に日に広く増築されるため、部屋の数には困らない。
部屋に入った数十人の男子と自分は頭をすっぽりと覆うヘッドギアを付けられた。視界を遮られた中で耳元から「近づく者を気配だけで察知し、攻撃せよ」と命じられた。
何も見えない、何も聞こえない。他のやつらも同じような状態なのだろうか。
手に硬い棒状のものを握らされ、それをとにかく感覚で振るった。気配を感じれば、すぐそっちに棒を振る。何かに当たった感覚が何度もあった。それでも、ただただ振るい続けた。
やがて「止め」と聞こえて、手を止めた。自分でヘッドギアを外すと、暗く遮られていた視界が広くなった。色のついた視界には、赤が沢山あった。
ほとんどのやつらは、頭や顔から血を流して倒れていた。自分だけが、その場に立っていた。
自分の持っていた棒には先端に赤い液体が付いていて、自分がやったんだと理解するのにさほど時間はかからなかった。
慌てて、近くで倒れているやつに駆け寄り、生きているかを確認した。息をしていることにほっと胸を撫でおろすと、後ろから場違いな拍手が聴こえた。
振り向くと、そこにはよく核の実験などを行っている科学者がこっちを見ながら拍手をしていた。
『素晴らしい。ようやく、見つけました』
笑いながら近づいてくる科学者に、自分は恐怖を覚えた。
『貴方こそ、この国を勝利へと導く存在です』
当時、科学者が何を言ってるか理解できなかった。
『さぁ、こちらに。もう少しテストしてみましょう』
科学者に手を強引に引かれ、別の部屋に連れていかれた。そして、今度は鋭利な刃物を持たされ、真っ暗な部屋に押し込まれた。訳も分からず、どうして自分がこうなったすらもわからないまま、テストは始まった。
内容はさっきと同じだった。違うのは、感じたことのないような殺気を感じたことぐらいだろう。襲い掛かって来る殺気を放つ存在に、手に持った刃物を振るった。酷く嫌な感覚が手に伝わった。でも、それに声を上げる前に次の存在が襲い掛かって来る。だから、ただただ刃物を振るった。
殺気がなくなった頃、部屋がパッと明るくなった。そこには数人の外国人が大量の血を至る所から流して倒れたいた。
『あ、ああぁぁぁぁぁぁぁあッ!!!』
声を上げるしかなかった。それ以外に、恐怖を吐き散らす方法がなかった。
カラン、と血で汚れた刃物を落とし、自分がしたことを何度も否定した。
室内にあの科学者の声が響いた。
『合格です。やはり貴方こそ、この計画に相応しい』
わからなかった。頭が考えようとしなかった。
科学者とは違う大人が部屋に入ってきて、また手を引いた。着いたところで血で汚れた体を洗うよう促され、そのあと、新しい服に着替えた。
『すごいよ、君は。きっと、暗闇に特化しているんだね。そりゃ、××さんも目を付けるわけだ』
新しい服を渡してくれた大人が言った。そのあと、その大人がさっきのテストの結果を簡単に説明してくれた。そこで自分は、暗闇、夜こそが能力的に上昇するこという事実を知った。
血を見る暗闇が、夜が怖くなった。
手当てされた奴らが部屋にぞろぞろと戻るのを見て、早くモネの元に向かいたくなった。でも、自分がやってしまったことを知られるのが怖かった。教育係の大人が自分の背中を押し、『早く部屋に戻りなさい』と無理やり集団の後ろに付いていかせた。
そのまま、自分は集団の後ろに付いて行った。前を歩く奴らは頭や顔に包帯が巻かれている。自分が傷つけてしまったという現実が、胸に深々と刺さる。
『———君!!』
モネに名前を呼ばれても、自分は彼女の顔を見れなかった。血は洗い落とせても、同年代の奴らを傷つけ、敵国のやつだろうが殺してしまったことに変わりない。
『……だ、だいじょうぶ?ケガは……してないみたいだけど』
モネの元まで歩き、その横で自分は蹲った。
『どこかいたいの?ちゃんと言わなきゃわからないよ』
言えるわけがないじゃないか。でも、胸に刺さった現実を、やってしまった事実を少しでも何とかしたくて、
『………モネ、ちゃん』
蹲ったまま、彼女の名前を呼んだ。
『なぁに?』
何も知らない彼女にどう言おうか悩みに悩んでから、
『……夜が、こわい』
自分の中の気持ちを伝えた。
モネはそっと自分を抱きしめて言った。
『夜は、こわいね』
どう伝わっているかなんて、彼女じゃないからわからない。けど、優しい声で続けた。
『でも、夜が明ければ朝が来るよ。いっしょに夜をこえようね』
目頭が熱くなり、太もも辺りが涙で濡れる。モネの温かさで、胸に刺さった氷が解けたような感覚だった。
モネの言葉が、温度が、自分を救ってくれた。
だから、自分がどうなろうとも、モネだけは笑顔絶やさずに生きてほしかった。
生きて、欲しかった。
生きて、この世界を見てほしかったんだ。
モネ、ごめんよ。ごめん。
モネのいない世界は、夜同然だ。
夜は、怖い。
護れなくて、伝えられなくて、ごめん。
――――目を覚ますと、小さなオバケが俺に涙を流していた。
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