ー6- 果実
シオンが木を離れて歩き始めた。彼女は肩に乗ったまま、どこに向かうんだろうと内心楽しみで仕方なかった。
シオンについてはやっぱりまだわからないところが多い。けれど、彼女は思った。
〈誰かを待っている〉っていう、あの石の上で唯一残っていたもの。もしかしたら、シオンを待っていたんじゃないか、と。
こんなにも傍にいると懐かしくて、落ち着くのだから、きっと違いない。
彼女は弾む気持ちで、笑顔を浮かべた。
でも、どうして待っていたんだろう?今度はそんな疑問を抱いた。待っていたのには、きっと意味があるはず。あの夢が自分の記憶なら、続きはどうなるんだろうか。
あの夢、記憶と待っていたことはなにかで繋がるんじゃないだろうか。
自分には記憶が残っていなかった理由も、なにかあるはず。
自分にすら多く残された疑問で、頭の中がはじけてしまいそう。そう思った矢先、シオンが足を止めた。
どうしたんだろうと様子を窺うために浮くと、彼女は周囲にずらりと生えたそれを目に映した。
シオンの目の前には、赤い実を鈴なりに実らせた木が沢山生えていたのだ。
ほんのりと甘い香りが漂う。木の上の方に実ったそれは、日の光を浴びてとても赤く色づいていた。
リンゴ、って言うだっけ?
空っぽの頭の中に残った花の知識。白い花のあとに赤い実がなるって、どこかで知った。
魅惑的で、思わず手が伸びてしまった。でも、あとちょっとで届くところで、別の実を実らせた木に目がいった。シオンの元へ行き、別の木の元まで手招きしながら向かった。
赤い実が実る木々の中で、1本だけ、橙色の実が山のように実った木。
つややかで少し潰れたような丸型の実からは、少し独特な匂いがした。
彼女はすぐ近くになる橙色の実に手を伸ばし、採ろうとした。しかし、実はただただ揺れるだけで、採れる気配は全くない。
その様子を見ていたシオンが、彼女が揺さぶるってるだけの実をもぎ取った。
実がもげた反動で軽く上に飛ばされたが、すぐにシオンの元まで戻ってきて、その実に齧り付いた。
甘い。不思議な味が口に広がるが、それよりもその実の甘さがじゅわりと瞬く間に広がった。
齧ったあとは無いが、それでも彼女は実に齧り付いた。
おいしい。おいしいって、こういう時に使うんだよね。
でも、この実はなんて名前なんだろう。花の知識も、この時ばかりは使えなかった。
実に味がなくなると、彼女はシオンにも食べてもらいたいと、再び近くになる橙色の実を揺さぶった。さっきと同じことをしているため、シオンは彼女が食べた実を下に置き、先ほどと同じように実をもぎ取った。また、反動で上に飛ばされた彼女。
戻って来ると、彼女はシオンに食べるよう勧めた。
「食べて」
シオンには聞こえていない様子で、ならばと彼女は実を食べる仕草を見せた。彼女のその仕草を見て理解したのか、シオンはその実を齧った。
果肉は柔らかいらしく、口の周りを果汁で濡らした。
「おいしいでしょ?」
彼女がシオンに感想を尋ねるが、やっぱり何も答えてくれない。
黙々と実を食べるシオンの様子を見ながら、自分の声は、シオンに届かないことを知った。
それから、シオンはいくつか橙色の実を両手に抱えて、少し離れた何も実ってない木の下に腰を下ろした。彼女もシオンの後についていき、木の下まで来ると、シオンの肩に乗っかった。
両手に抱えていた実を横に置き、シオンはその中の一つを彼女の前に持ってきた。
「くれるの?」
聞こえていないのはわかっているが、何となく聞いてみた。無論、彼は何も言葉を返さない。
「ありがとう」
彼女は実を抱える様にして食べ始め、シオンも彼女が食べ始めてから自身も空いている手で実を取り、食べ始めた。
木の陰で二人は食べ続けた。空が実と同じような橙色になっても、持ってきた実がなくなるまで。
「シオン」
名前を呼んだ。
「夜が、来るね」
静かな世界で、無音の言葉。
「でも」
続ける。
「夜が明ければ、朝が来るから」
シオンにどんな過去があったなんて、彼女には分からない。けれど、夜が怖いなら、一緒にいてあげよう。
「一緒に、夜を越えようね」
実を食べ終わるころには、夜の侵攻が始まりつつあった。
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