ー5- 声

『ねぇ、———くん。せんそうっていつおわるとおもう?』


 女の子の声。ぼやけた彼女の視界には、黒髪の女の子と茶髪の男の子が、真っ白な部屋の隅で身を寄せ合うように座っている姿が映った。


『………ずっと、さきかな』


 男の子が小さく答えた。


『そっかぁ。じゃあ、わたしたちがおばあちゃんになったら、おわるかな?』


『……そのまえに、ぼくはせんそうにいっちゃうよ』


『………はやく、へいわになればいいのにね』


『……うん』


 これは、なんだろうか。彼女が二人に近づこうと前に行くが、距離が縮まることは無く、一定の間隔で彼女の視界に入るものが逃げていく。


『……そらって、むかしはあおいろなんだって。でね、じめんはくさとか、おはながいっぱいさいてるんだって。おおむかしのひとはいいなぁ、わたしもみてみたかったなぁ』


『……——ちゃんは、はながすきだもんね』


『うん。ほら、まえにおはなのデータみたでしょ?そこからなまえをとったぐらい、わたしはおはながすきだもん』


『……ほんもの、いつかみたいね』


 表情はぼやけていて見えない。話も、一部聞こえない部分があった。なのに、彼女はこの会話に懐かしさを感じた。花から名前を考える行為でふと、彼女は勝手に名付けた彼を思い出した。


 別の声が聴こえた。今度は大人びた女性の声だ。


『おべんきょうのじかんだね』


『……ぼくは、べんきょうきらい』


『でも、がんばらなくっちゃ』


『……………』


 女の子が立ち上がると、男の子に向けて手を伸ばした。


『こっちのおべんきょうがおわったら、ここでまってるよ』


『………うん』


 伸ばされた手を取り、男の子も立ち上がる。再び、女性の声が聴こえた。どうやら、名前ではない何かを言っているようだ。男の子と女の子はそれに反応した。


『はやくいこう。おこられちゃう』


『………………うん』


 男の子の声は暗く、行きたくないようだった。


『………つよく、ならないと、ね』


 男の子がそう言い捨てると、女の子と共に女性の声がした方へと歩いて行った。


 視界が真っ暗になった。けれど、数秒後に再びあの白い部屋が映った。そこには、先ほどの女の子が隅に座っている姿があった。でも、さっき見た姿よりも少々成長したように見える。


『……平和って、どんな感じかなぁ』


 女の子というよりは少女と言った方がいいのだろうか。少女は小さな声で続けた。


『戦争がなくて、真っ青な空の下で色んな子とあそんだり、うーん、やさしい風を受けながら草の上でねるのも、きっと平和ってものだよね』


 楽し気な声だ。彼女は少女を見守るような瞳で見つめた。


『———君とけっこんして、そのあと、子どもが……2人はほしいなぁ。家ぞくって言うんだっけ。大昔みたいな生活してみたいなぁ』


 少女が平和を想像していると、離れたところにある扉から数十人の少年たちが、手当てされた状態で入ってきた。そして、その集団の最後にあの茶髪の少年が入ってきた。


『———君!』


 少女は少年に気づき、立ち上がって少年の名前を呼んだ。


 茶髪の少年には手当されたような痕は無く、他の少年たちと違って無傷だった。


『……だ、だいじょうぶ?ケガは……してないみたいだけど』


 少女の前までやって来ると、少年はその横で蹲った。


『どこかいたいの?ちゃんと言わなきゃわからないよ』


 少女もその場に座り込み、少年の様子を窺った。


『………——、ちゃん』


 モゴモゴとした声で、少女の名前を呼んだ。


『なぁに?』


 少女が反応すると、しばらくの沈黙後、


『……夜が、こわい』


 震えた声で言った。


 少女はそれを聞くと、少年の身体を包むように抱きしめた。


『夜は、こわいね』


 少女は続けた。


『でも、夜が明ければ朝が来るよ。いっしょに夜をこえようね』


 

 また視界が真っ暗になった。彼女は少女の言った言葉を胸に刻みながら、意識が浮上する感覚を感じた。


 ゆっくり目を開けると、そこにシオンの姿があった。一つ欠伸をしてから、彼女はシオンの肩に乗り、頬をすりすりした。



 ねぇ、シオン。不思議な夢を見たの。



 そこで、わかったの。


 

 シオン。ねぇ、シオン。



 間違いならごめんね。



 




―――——夜が、怖かったのね。


 

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