ー2- シオン

 彼女はただただ真っ直ぐ進んだ。前へ前へ、一定の速度で彼女は進み続けるのだが、景色は先ほどの草花の大地が広がっているだけだった。

 

 彼女の胸に不安が込み上げてくる。


 このまま何もなかったらどうしよう。世界でたった独りなのは嫌だ。


 ずいぶん経って、前方に点々と木が見えてきた。生い茂る葉を風に揺らし、葉音が彼女の耳に届いた。


 彼女は呼吸をするのも忘れるぐらいに、無我夢中で見えてきた木の元へ向かった。今までの景色に木が生えているだけの、たったそれだけなのにも関わらず。


 木々が生える地にやってきた彼女は息を呑んだ。



 一本の木の下。小さな花の咲く根本で、人型の何かが横たわり眠っていたのだ。


 

 彼女は興味本位で人型のそれに近づいた。人型のそれは、緑色の肌に、半分だけ生えた茶色の髪と、髪の生えていないもう反対側に深々と刺さるバルブのような何かが印象的だった。服と形容するよりぼろ布と称した方がうなずけるようなものを身に纏い、肌の所々には縫い目がいくつもあった。


 彼女が近づくと、人型のそれはうっすらと目を開けた。現れた白目が彼女を映すと、のっそりと人型のそれは起き上がり、すぐそばの木に背中を預けた。


 ゾンビ、なんて言葉が似合うそれは、目の前でふよふよと浮いている彼女をしばらく見つめた。敵意は無かった。虚ろな目を向けたままのそれに、彼に向かって、彼女は飛び込んだ。独りじゃなかった。独りぼっちじゃなかった。彼女は彼がどんな姿をしていようがただただ嬉しかった。彼の胸辺りで顔を擦り付けながら、彼女は喜んだ。


 彼は彼女の行動に終始驚いていたが、まるで何かを思い出したように彼女を撫でようと試みた。だが、彼の手は彼女を透過してしまう。それを知ると、彼は悲しそうな表情を浮かべた。そして、青空がオレンジ色に染まっていく様子を物寂し気に眺めた。


 満足した彼女は、彼の目の前まで来るとにっこりと笑った。彼が笑顔を見ると、止まったはずの心臓がチクリと痛んだ。彼女から目を背け、何かを否定するように首を振った。彼の悲し気な表情に、彼女はどうにかして笑顔になってもらおうと周囲を見た。すると、先ほど目に映った紫色の小さな花の群れを見つけた。黄色い丸を中心に細い花びらがいくつも付いたその花に、彼女はアネモネの時と同じような懐かしさを感じた。


 シオン、確かそんな名前だった。


 彼女は彼に名前を訊こうと試みた。しかし、彼は何も反応しない。まるで聞こえていないみたいだ。何度も彼女は尋ねた。貴方の名前は何?それだけを数回ほど。それでも反応しない彼に、彼女はシオンと勝手に名付けた。どう呼べばいいのか分からなかったからだ。


 彼女はシオンの肩に乗っかり、オレンジ色に染まり終わる空を眺めた。シオンも彼女と同じように空を眺めた。じわりと向こうに見える太陽が溶けていく。葉音ぐらいしか聞こえないほど、その世界は静かだったが、彼女は彼が傍にいると言うだけで心が満たされていた。


 やがて、夜が星を連れて進行を始めた。


 

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