第六章 2 『漆黒のカルマ』

 ケイジはショットガンの銃口をソラの体に押し当てると吐き捨てるように言葉を続ける。


「お前の家の周辺でツカサと戦ったのに、誰一人出てきた人間はいなかった。……避難が完全に終わるには早すぎる時間なのに静かすぎたんだ。不思議に思った飛弾さんに頼まれてお前の家の周辺を調べたら、家の周囲はあの黒いカルマに憑りつかれた住民だらけだったわけだ。ツカサほどには浸食が進んでいなかったからカルマ化して目覚めるのはまだ時間がかかるだろうが、よくまあそんな惨劇の真っただ中で、子供が一人で留守番できたもんだよなあ。」


 そしてケイジは持っていた重そうなアタッシュケースをソラの近くに放り投げる。それは防護扉を開ける時からケイジが持っていた物だった。

 アタッシュケースは蓋が開けられており、落ちた勢いで中身が散らばる。

 それは見覚えのある数冊のバインダーやケースに入った本だ。

 バインダーにはラベルに手書きで防壁のメンテナンスマニュアルの文字が書かれていた。



 ツカサは思い出していた。

 書庫の奥に作った秘密の本棚。

 そこから紛失していたバインダーは確かにこれに間違いない。


「………バインダーは防壁の構造や分解手順がまとまってるようだが……ツカサのその顔を見ると見覚えがあるようだな。じゃあツカサ。その本のケースの中身を見てみろ。」


 言われるがままにツカサは足元に転がった本のケースを手に取る。

 すると中から出てきたのは本ではなく、粘土のような重い何かの塊だった。


「爆発の様子を見てひょっとしたらと思ってたんだが、それはプラスチック爆弾ってやつだ。まあそれは雷管がついていないから爆発しないけどな。それを入手できるとすれば軍かギャングの施設ぐらいなもんだが、お得意の壁抜けで盗みでもしたんだろうよ。………ところで、それが何処に隠されていたかわかるか?」


 ツカサは茫然としながらケイジの言葉を待つ。

 ケイジは身動き一つしないソラを冷めた目で見つめながらため息を漏らした。


「お前らの家の床下に隠されてたんだよ。」

「うっ……うっ……うっ……。」


 すすり泣くような声が響き渡り、ソラが揺らめきながら立ち上がった。


「………なんで。なんで兄さんにまだ人間の意識が残ってるの? あんなにたくさん注ぎ込んであげたのに。ちゃんと僕が一緒にいたはずなのに。」


 ソラはケイジではなくツカサの方を恨めしそうに見つめている。

 ツカサは茫然としたまま、身動きが出来なくなっていた。


「………ソラ? え? ………冗談はよせよ。」

「ツカサ、目を覚ませ! こいつはソラじゃない。カルマだ。お前の弟じゃないんだ!」


 ケイジは叫ぶと同時にショットガンの弾をソラの体に叩きこむ。

 散弾ではなく大きな単発のスラッグ弾のようで、ソラの体が大きくえぐられた。

 ソラは癇に障ったように目を座らせ、ケイジを睨みつける。


「そういえばケイジさんの姿が見えなかったけど、こそこそ調べまわってたわけだ。……家探しするなんてひどいじゃない。……なんで頑張ってるのを邪魔するかなあ。」


 ケイジはショットガンに次弾を装填し続け、ソラの体に次々と大穴を開けていく。

 しかし飛び散る肉片の奥からは底知れぬ闇が顔を出して欠損を修復し続けていった。


「ケイジさん、こんなものが効かないこと、知らないわけじゃないでしょう?」


 そう言ってソラはひるみもせずにケイジの手からショットガンをむしり取った。


「あ……、そうか。力が使えなくなったんだね。じゃあ能力者はあのおじさんだけってことか。………もうばれちゃったことだし、始めちゃおうかな。」


 陰鬱だったソラの目に悪意が満ち、ケイジは背筋がざわついた。




 その時、連絡通路の中からけたたましい悲鳴が響いてきた。

 次々と鳴り響く発砲音と振動が伴奏に加わり、ソラも口元を緩め始める。

 ほんの短い演奏が終わった時、防護扉の中から現れたのは見上げるほどに大きな漆黒のカルマの姿であった。

 何本も伸びた手の一つには原型をとどめないほどに体を潰された鰐塚の姿があり、もう一つの手には血まみれとなって動かなくなった飛弾が引きずられていた。


「あれ、おじさんって随分頑丈なんだね。さすがは能力者っていうところか。」

「………コピーを作っていたってことか?」


 ケイジが信じられないという表情で力なくつぶやく。


「コピーっていうよりオプションかな。僕の一部を潜ませておいたんだ。多少離れても僕の考えで動かせるから便利なんだよ。」


 ソラが答えると同時に傍らに立つ漆黒のカルマは飛弾の体を放り投げ、そのままの勢いでケイジに指先を向ける。

 流体だった指先は槍のように硬化し、ケイジを貫かんと撃ち出された。




 ケイジはとっさに腰のカバンから何かの塊を取り出し、漆黒のカルマの前に放り投げる。

 それはプラスチック爆弾だった。

 回収した爆弾の一つを隠し持っていたようだ。

 雷管が取り付けられた爆弾は漆黒のカルマの目の前でオレンジ色の閃光を発して爆発する。


「何かと思えば………。こんな爆弾が効くはずないじゃない。」


 ソラは膨大な光に目を細めながら、一瞬止めてしまった腕を再び撃ち出した。

 しかし漆黒のカルマの槍は虚空を突くことしかできず、すでにケイジの姿はそこになかった。

 ケイジはこの一瞬の隙をついてその場を脱し、地面に転がる飛弾の元に駆け寄っていた。


「飛弾さん……! 飛弾さん……!」

「して……やられたぜ………。すでに部下の体の中に奴の霊殻が潜んでたんだ。見張ってるつもりが、最初から奴の腹の中だったってわけだ………。」


 飛弾は息も絶え絶えにつぶやく。

 片脚を無くした飛弾にはすでに戦う力は残されていないように感じられた。




 ソラは漆黒のカルマを従えて悠々と二人の元に歩み寄り、無数の指をすべて硬化させた。

 蛇のように鎌首を上げた槍は躊躇することなく振り下ろされる。


「ぬあああああぁぁぁあ!」


 飛弾の雄たけびと共に絞り出される霊殻が槍を受け止める。

 強大な力を持つ飛弾の霊殻は飛弾とケイジを包み込むほどに圧縮され、強固な盾を作り上げていた。

 しかしすべての力を防御に転じることで何とか攻撃を凌いでいるに過ぎない。



 邪魔な能力者を確実に始末しようとしているのだろう。

 ソラの怒涛の攻撃はやむ気配がなかった。

 ヘドロの海が泡立つような不気味な笑い声と共に、ソラも一緒になって笑い始めた。

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