第六章 1 『絶望はそこにいる』

 防護扉から差し込んできた一筋の光が重い音と共に徐々に広がってゆく。

 連絡通路側から操作しない限りは開くはずがないと思われていた防護扉の様子に、住民たちは怯えるように固唾をのんで見守っていた。


 鰐塚の指示でショットガンを構えたギャング達が扉に向かって行く。

 彼らは緊張の面持ちで光の中にたたずむ人影を凝視していたが、やがて見覚えのあるミリタリージャケットと鋭い目つきの男の姿を確認すると、その緊張は和らいでいった。


「ケイジさん! よかった。ご無事でしたか!」

「無事じゃないさ。もうほとんど力が残ってないんだ。間違っても撃たないでくれよ……。」


 ケイジが両腕を掲げていると、鰐塚と飛弾もゆっくりと近づいてきた。

 部下に肩を貸されている飛弾の姿を見てケイジは目を疑う。


「飛弾さん……その脚……!」


 飛弾は鋭い眼差しでケイジを見つめたまま、自らの霊殻の光でケイジの体を覆い尽くす。


「まあちょっとな。……それはいいんだ。ひとまずケイジの霊殻を見せろ。」


 ケイジは動揺しながらも、その指示に従って自らの霊殻を展開して見せた。

 それは非常に弱々しい光だったが、飛弾は満足したように口元に笑みを浮かべる。


「よかった。憑りつかれていないようだな。随分やられたようだが、よく戻ってきてくれた。」


 体がカルマに乗っ取られている危険がある以上、常に警戒を怠るわけにはいかない。自らを人間と証明するには外見だけでは不十分なのだ。

 能力者は大きすぎるリスクを背負っているものの、自らの魂の在り様を示すことが出来る点だけは利点と言えた。


「奴のおかげで能力者は俺とケイジを除いて全滅だ。」


 飛弾が険しい顔で現状を伝えるが、ケイジはその言葉が不思議でならない。


「あの……ボスからの救援はないんでしょうか?」

「ない。」


 鰐塚が割って入ってくる。


「今回の事件の裏にクソジジイの影がありそうだ。現状を伝えるだけで藪蛇になりかねん。」


 短いやり取りだったがケイジには闇の深さが垣間見えた。足元がすでに奈落に放り込まれているような気さえしてくる。

 飛弾はケイジの不安を感じ取りながらもさらに続けた。


「………それで、収穫はあったのか?」


 ケイジは周囲にギャングの仲間しかいないことを確認し、飛弾に耳打ちする。

 飛弾は驚く様子もなくうなづくと、住民の方に目を向けた。


「今は泳がしてある。刺激するとまずいからな。」


 その時、飛弾は住民の中に違和感を覚えた。

 見張りに立たせている部下は何も異常を知らせていないにも関わらず、肝心の人物の姿が見当たらない。

 飛弾は背筋に冷たい物を感じた。


「状況が動いたようだ。……ケイジ。」

「ええ、わかってます。」


 ケイジは緊迫した面持ちで足元のアタッシュケースを持ち上げた。







 ツカサは落ち着きなく足を揺らしながら防護扉の方を見つめている。

 見つめているのだが、焦点が定まることなくふらふらと虚空を眺めていた。


『どうした? 緊張……。いや、不安か?』


 少女が宙に浮かびながら話しかけてくる。

 整った顔立ちに長く美しい髪の毛。この姿だけなら何の恐ろしさもないのにな、とツカサは思った。


「随分と人間の心理がわかるようじゃないか。……それは俺の前に喰った餌から覚えたのか?」

『なんだ、嫌みのつもりか? 小賢しい奴め。』


 少女はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 その時少女は何かに気づいたように視線を上げた。


『なんか来たようだ。』


 その言葉にツカサも防護扉に視線を向けたが、その目は大きく見開いた。

 ツカサの姿を見つけ、ソラが嬉しそうに駆け寄ってきたのだ。

 小さな体に纏っただぶだぶの服が跳ねるように踊っている。


「ソラ、出てきちゃダメじゃないか。こっちは危ないんだぞ。」


 そう言いながらも、ツカサはついつい顔がほころぶ。






 まさにその瞬間だった。

 何かが破裂したような音が響き、ソラの体がその拍子に前のめりに突っ伏した。



 ツカサの目の前に倒れ込んだソラの服には穴が開いており、ゆっくりと流れ出る体液がソラの服を赤く染めていく。

 ソラは地面に落ちたままの恰好で身動き一つしなくなった。



 呆気にとられているツカサの視線の先には表情を凍りつかせたケイジが立っている。

 その手に持っているのはショットガンのようだった。


「え…………。なんで?」


 ツカサはだらしなく口を開けたまま、ソラとケイジの姿を交互に眺める。


「ケイ……ジ……、これ……なん………。」


 ツカサは歯を震わせながら懸命に声を絞り出すのだが、言葉にならずに虚空に消えていく。

 ケイジはショットガンに次弾を装填しながらソラに近づくと、不意にソラの上着をめくりあげてみせた。


「説明するより見たほうが早いだろ?」


 ソラの背中は大粒の散弾が撃ち込まれたことで大きくえぐられていたが、ヘドロのような黒い液体がにじみ出し、その傷は瞬く間に塞がっていった。

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