第五章 8 『闇の中へ』
ミツルの遺体の上に小屋の隅に転がっていた布をかぶせ、ツカサとケイジはその前で静かに手を合わせる。
エンジニアとして時間を共に過ごした仲間をこのような形で失ったのはつらいことだが、何よりもツカサはこの手で命を絶ってしまったのだ。
その後悔は単純には言い表せない。
ツカサはミツルへの償いと宵闇の打倒を心に誓った。
ツカサは精神世界の中で得た情報を手短にケイジに共有した。
ツカサの魂の損耗状況とツカサに憑りついたカルマの事。
そのカルマが高層都市の防壁を無効化させる鍵を持っていること。
そして宵闇と言う名の漆黒のカルマの目的はおそらくその鍵を奪って、この《天城》を《富士》と同じように破壊しようとしていることを。
「防壁を無効化する鍵………。確かにカルマどもが欲しがりそうな力だ。言うなればツカサはカルマにとっての宝箱っていう訳だ。」
ケイジは深刻な目でツカサを見つめる。
「とにかくカルマに鍵を奪われないように十分注意してくれ。憑りつかれるような戦い方はできるだけ避けるんだ。……もちろん、ツカサに憑りついたカルマが心変わりして街を破壊することだってあるんだからな。」
「ああ……。分かってるよ。……でも、俺の霊殻は小さくて弱いから、うまくいくのかな……。」
ツカサも事の重大さに身が引き締まる思いだ。
街を守るシステムを取り出そうとしただけなのに、保管容器に入っていたのが街を破壊する鍵だというのだから何の因果なのだろうか。
「ところで……。ミツルが宵闇の正体じゃなかったって、本当なのか?」
ツカサは陰鬱な表情でケイジに尋ねる。
「ああ。微かに残っていた魂を調べた。………俺が採取したカルマの霊殻とは別物だったよ。」
「……確かケイジは飛弾さんから何か頼まれていたはずだったけど、それはどうだったんだ?」
ツカサの問いにケイジは明らかに表情を強張らせた。「関係のない事だ」と小さくつぶやいたが、それが嘘だと見抜けないはずがない。
ケイジは嘘がつけず、いつも表情に出てしまうのだ。
おそらく宵闇の本体に関する重要な情報を得たに違いない。
ケイジは小屋の隅に置いてあったアタッシュケースのようなアルミのカバンを手に取ると、無言のまま防護扉の方へと歩き出した。
ツカサはその背中を追いかける。
「ケイジ、ひとつだけ教えてくれ。宵闇の正体が絞り込めたんなら、ユイや組合の仲間たちをむやみに調べる必要がなくなった。……そういう認識でいいんだよな。」
ケイジはツカサの方を振り向きもせず、ただ「ああ」と短く答えた。
ツカサが安堵に胸をなでおろしていると、またもや視界の隅に人形の少女が現れた。
『この能力者、宵闇を追っておるのか?』
少女はツカサの横を浮遊しながらケイジの背中を見つめている。
『本体の目星がついておるなら都合がよい。散々痛めつけてくれた礼をたっぷりしてやろう。』
ツカサは自分の人形のように変貌してしまった左腕と少女の姿を交互に見る。
「そういえばさ。この左腕、せめて俺の意志で動かせるようならないか? 動かせないと邪魔でしかない。」
『腕と心臓はもう私の物だ。貴様の意志では動かせんよ。……む。…………そうか。』
少女は何かに気づいたように顔が明るくなった。
『そうか、盲点だった。心臓は私が内に籠っている間も動き続けている。ということは……。』
その時ツカサの人形化した左腕がツカサの意志とは無関係に動いた。
人間の関節の可動域をゆうに超えて別の生き物のように蠢いて見せる。糸を出現させたり指を動かしたりした後、不意にツカサの鼻をつまみ上げて見せた。
『てっきり私の意識が表に出ている時しか自由にならんと思っていたが、腕と心臓は常に自由にできるようだな!』
「いや……、だから俺が聞いてるのは、腕が俺の意志で動かせるかっていうことで……。」
しかし少女はツカサの言葉など無視して喜んでいる。
『はっはっは! 良いことを知った。では貴様の魂を奪えば奪うほど自由を得られるというわけだ。せいぜい怖れておれ。』
少女は高らかに笑った。
「ダメだ。使えないよ。」
ツカサは首を振りながら通信機を切った。
ツカサは防護扉の近くに即席で作られた通信機を見つけたのだが、残念ながら通話どころか回線がつながっていないようだった。
これはユイが設置した物なのだろうが、おそらく向こう側の機器が作動していないのだ。
「この扉、ツカサなら開けられないか?」
「……おそらくできる。」
操作盤自体は悪意ある者に触られないためにか見当たらないのだが、予備電源用のディーゼルエンジンはまだ生きている。
「……ユイならこんな時、装置をどこかに隠しているはず。おそらく通信したときにありかを教えてくれる手はずだったと思うんだが……。」
ツカサはメンテナンス用の蓋を開いて奥の空間を探すと、あっけなく装置を見つけることが出来た。
一見わかりづらく隠されているが、狭い空間の突き当りのコンテナを手前に引くと、その奥に現れた狭い空間に立てかけられるようにして、即席で作られた操作盤が置かれていた。
「あったよ。………ユイの奴、発想が書庫の隠し棚と同じじゃないか。」
打ち合わせもしていないのに、手に取るように仕事ぶりがわかる。
こんな緊迫した空気の中なのに安心感でふと笑いが漏れてしまった。
「ツカサ。お願いがあるんだ。」
ツカサが防護扉を操作し始めた時、ケイジが語りかけてきた。
「………お前はここで待っていてくれ。そして俺がこの後何をしようとも、黙って見守っていてほしい。」
ケイジの表情が明らかに険しい。
ツカサまで緊張が伝わってくるこの感じを察するに、この扉の向こうに宵闇がいるとケイジは確信しているのだ。
ツカサは自分がカルマ憑きになったことを自覚しているため、元々この扉をくぐるつもりは微塵もなかった。ましてや宵闇がツカサの中にある《本》を狙っているのなら、近づかないに越したことがない。
……しかし「何をしようとも」なんて穏やかではなかった。
「そのアタッシュケースは関係しているのか?」
ケイジの手に握られているカバンが気になって仕方がない。
予想通りにケイジは何も答えないままだが、その沈黙は肯定を意味しているように感じさせる。
轟音と共に重い扉がゆっくりと開いていく。
光ファイバーの設置数が少ないために薄暗い連絡通路。その奥へと光が差し込んでいく。
ツカサは闇の中を見つめ、息を飲んだ。
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