第三章 4 『不可視の牢獄』

 静寂に包まれた路地の真ん中で、ツカサは一人拘束されていた。

 ユイとソラはツカサの望み通りにギャングの護衛と共に防護扉へと向かい、ここには飛弾とケイジのみが残っていた。


「……あの、ちょっといいですか?」


 ツカサは地面にうつぶせになったまま、飛弾に視線を向ける。


「ずっとこの姿勢は……さすがにきついです。……このポーズで殺されるのはちょっとかっこがつかないというか……。」

「ふふ……。」飛弾の口から笑いが漏れる。「……確かにな。ケイジ。少年はこうご所望なんだが、どうする?」

「……しょうがないですね。別に俺は構わないですよ。……ツカサ、拘束が解かれたからって逃げるなよ。」


 ケイジは呆れたようにため息をつく。

 ようやく体が動かせるようになったツカサは体を伸ばしながら飛弾とケイジを見つめた。


「頼みを聞いてもらったついでに……一つだけ質問してもいいですか? カルマなんて溢れるほど侵入してきてるのに、何で俺にここまで執着するんですか?」


 その質問はどうやら核心をついていたらしい。

 二人の表情が一瞬こわばったのをツカサは見逃さなかった。

 飛弾とケイジは何も語らないまま沈黙が流れる。


「……なんだろう………。今この場で対処しようとしているってことは、今日の事件に関わる重大なこと………?」

「特別なことなんてないさ。カルマ憑きは殺す。……それだけのことだ。」


 ツカサの言葉を遮り、ケイジがゆっくりと構えた。

 ケイジの殺気が空気を震わせ、ツカサは背中に冷たい物を感じる。




「始めようか。…………飛弾さん、いいですね?」

「若い奴は血気が盛んなことだ。………いいぞ、ケイジ。逃げないように見張っといてやる。もちろん邪魔が入らないようにもな。」


 ケイジの激昂と共に彼の体を流れる光が膨張し、瞬く間に巨大な球体となる。その大きさは半径一〇メートルにも及ぶだろうか。ケイジが自分の魂の《外殻》を広げ、ツカサを包み込んだ。この光の中では行動が極端に制限され、ツカサは全身が縛り付けられた様に動けなくなる。カルマが作り出す罠と似たような力なのだろう。


「……そう易々と殺されるわけにもいかないな。」


 ツカサは意を決し、自分の体を流れる光の流れに意識を集中する。魂の外殻を広げる感覚はこの体がカルマに奪われた際に体感している。その感覚を反芻するように全身に力を込めた。

 肌がざわめき、皮膚が割れていくような痛みに襲われる。体の内側から膨大な熱量が膨れ上がり、どこまでも広がっていく感覚。

 そして弾けるように光の空間がツカサの周囲に出現した。


「……これが俺の……霊殻……。」


 ケイジの力に抗えているのだろう。急激に体が軽くなり、一歩を踏みだすことが出来た。

 ツカサが纏う光も共に進み、ケイジの光の領域を徐々に蝕んでいく。


「自由に自分の領域が出せるようになったんだな。さすがにカルマに憑りつかれただけはある。………お前の霊殻に混じっている白い粒子、それは白いカルマの影響のようだな。」


 ケイジはツカサの霊殻を観察する。

 ケイジの霊殻の光と異なり、ツカサの霊殻の中には粉雪のような白い粒子が混ざっている。それはどうやらツカサの左腕を中心に発生しているようだ。


「……だが、小さいな。」


 ケイジは少し警戒を解いたようにつぶやく。

 ツカサが生み出した《霊殻》は半径二メートルほどの球体であり、ケイジのそれと比べるまでもなく小さかった。ケイジが無造作に歩み寄っただけでツカサの霊殻は圧迫され、恐ろしいほどの荷重が押し寄せる。


「ぐ、ううぅ……。」

「黒い奴を圧倒していたと思ったが、あれはお前に憑りついたカルマの方の力だったみたいだな。……お前の力は案外そんなものだったらしい。」

「……バ、バカにすんな。仕方ないだろう! 初心者相手に偉ぶるなよ。」

「ふ……。はは、確かにそうだな。悪かった。」


 憤慨するツカサの表情がよほどおかしかったのか、氷のようだったケイジの目が和らいだ。

 しかしだからと言ってケイジが手加減するわけではない。

 ケイジは幾振りもの剣を出現させ、ミサイルのように次々と射出した。

 ツカサの背後に着弾した剣は激しい衝撃を伴って空気を振動させる。そして退路を塞いでいるのだと言わんばかりに徐々にツカサに向かって迫る剣の雨。ツカサは霊殻で受け止めようとしたが、容易く貫通されるイメージに襲われた。




 力が及ぶ範囲に大きな開きがあるのなら、条件が同じになるほどに密着すればいい。

 ツカサはとっさに地面を蹴り、ケイジに密着するほど距離を詰めた。ここまで密着すれば剣のリーチの内側だ。それにケイジも自分が被弾する危険を冒してまで飛び道具に頼れないはずだ。

 しかしケイジはその動きを読んでいたのか、自らの霊殻をツカサと同じ程度まで圧縮させて動きを封じ込めてしまった。ツカサの体に凝縮された光の粒子が纏いつく。


「面白いように引っかかったな。わざと誘い込んだんだぞ。」

「くそ、圧縮も自由自在なのか……! 手の内もさらさないで勝負なんて卑怯だ!」


 ツカサは歯を食いしばりながら圧力に抗う。


「初心者だって言っただろ!」

「わざわざ敵に教えるバカがいるか?」


 ケイジの力はわずかな緩みもない。

 ツカサに絡みつく力は一方的に体を縛り上げていく。

 その圧縮された光の粒子は徐々に鉄の欠片に姿を変え、ツカサの体の周囲を覆い尽くす檻を作り上げていった。




 圧迫されて呼吸がままならない。

 ときおり霞む意識の中でツカサは違和感を覚えていた。

 相手を殺すだけのことであれば、ケイジだったら巨大な鉄塊で叩き潰すだけで終わるはずだ。

 それなのにこんなに回りくどい戦いをしている。


『俺を捕まえようとしている……?』


 その時、圧迫されているツカサの体から何かが湧き出した。微かに漂う煙のようなものは徐々にその密度を増し、暗黒の渦を作り始める。


 ……それは漆黒のカルマの姿だった。


「………やはり出たか。」

「これは………あれは夢じゃなかったのか……?」


 ツカサは怯えるように自らの体に視線を落とす。

 洞窟のような世界で起こった出来事。確かにあの黒いカルマに飲み込まれる感覚があったが、あまりにも突飛で夢としか思っていなかった。途端に自分の体の中が得体のしれない怪物で満たされている感覚に襲われる。


「ツカサの中にあの黒いカルマの霊殻が入り込んでいるんだ。」

「たす……け………。」


 かすれた声が喉から漏れるが、ケイジは意に介さない。

 鉄の欠片はあらゆる穴を塞ぎ、ツカサごと漆黒のカルマを封じる強固な檻を作り出す。


「……俺の力の本質は剣じゃない。《牢獄》なんだよ。……こうして逃がさないためのな。」


 その言葉を最後に、鉄の檻は完全に閉じた。

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