第一章 4 『覚悟の証明』
ケイジたちが周囲を見張る中で床の修復は滞りなく行われた。
配管は適切に溶接され、型の合う溶液を周囲の防壁から少しずつ集める。防壁の機能は元通りに復旧したのであった。
廃屋の中には放置したままのカルマ憑きが残っていたが、侵入経路を塞ぎ、市場方面に漏れ出す心配もなくなったことから、間もなく到着した増援によって無事殲滅された。
重苦しい沈黙の中で、ツカサの元にケイジがやってきた。
「カルマの動きが止まったように思えたんだが……。」
ケイジは嘗め回すようにツカサを観察するが、ため息交じりにつぶやく。
「気のせいだったかな。」
ツカサはケイジの目つきに委縮しながら、自分の左手に目を落とした。
痛みはもうない。ツカサの目にもカルマが停止したように見えたが、あれはギャングたちの力のせいかもしれないし、痛みのタイミングが偶然重なっただけなのかもしれない。ケイジが言うように気のせいだったのかもしれない。
「……やっぱり、ツカサ自身には異常はないんだよなあ……。カルマに憑かれているわけでもなく、《霊殻の能力者》っていうわけでもなさそうだ。」
「……見ただけでわかるのか?」
「表面的な状態程度だがな。………厳密に調べようとすれば、お前の命がいくらあっても足りないだろうよ。」
ツカサは恐る恐るケイジに尋ねる。
「《霊殻の能力者》……って、なんなんだ? 身体検査の時に能力者がいつも待機してるけど、彼らのことはいまいち知らないんだよ。」
「ツカサが見ていた通りの力さ。見えていたはずだろう? 俺たちから出てた光る球体の中にいたわけだから。……あの範囲に入っていれば力を《感じる》ことができるし、外にいれば何も見えていないはずだ。」
ツカサが見ていた力。それはケイジが空中に出現させる鉄塊だったり、他のギャングが出現させるナイフのようなものだったりした。
「…………!」
ツカサは目を見開いた。
「それって、カルマのテリトリーに入った時にカルマが見えるようになるのと同じ?」
「おそらくな。似たようなものなんだろう。」
「どういう原理の……どういう力なんだ?」
「さあな。」
ケイジは興味なさそうにつぶやく。
「俺たちはただの兵隊だ。原理がどうとか難しいことは学者の領分だろう? 《霊殻》なんて名前も軍の学者がつけたもんだ。まあどうせ生命エネルギーとか精神エネルギーとか……そういうオカルトなモノなんだろう。兵隊は与えられた武器をどう使えばいいかだけ考えてればいいさ。」
「その力……」
ツカサは意を決して尋ねる。
「今からでも身に着けることはできるのか?」
強い力を求める欲求は人間として当然のものだが、それ以上にツカサにはカルマに対する強烈な思いがあった。
両親や故郷を奪い去った仇。
人類を滅びにいざなう天敵。
倒したいと思う以上に、知りたいという欲求が強い。防壁のメンテナンス技師になったのだって、カルマの侵入を防ぐという《防壁》の秘密を求めたために他ならない。
カルマに対抗できる《防壁》というものを作り上げたのが軍の研究機関なのであれば、カルマの研究は当然しているに違いない。しかしスラム街に住む者は《上の街》に行くことは許されない。ましてや軍の研究機関に入るなんて夢のまた夢だった。
諦めかけていた《カルマを知る》ということ、その手がかりが目の前にあるのだから、力が欲しくないわけがない。
しかしケイジはツカサを睨みつけた。
「やめておけ。薬のことをどこで聞きつけたか知らないが、お前は興味を持つな。」
「ケイジは俺の気持ちを知っているはずだろう? 俺がカルマのことをどれだけ知りたいと思ってるか………。せめて、カルマの力に似ているその能力のことを知りたいんだ!」
「俺に言うなよ。言っただろう? 俺はただの兵隊だ。………それに、この力だって軍から流出したものをギャングが勝手に使ってるだけだ。うちに学者がいるわけじゃない。」
「流出してきたのなら、軍とギャングはつながってるはずだ!」
ツカサは諦めきれずに食ってかかる。
しかしケイジはツカサの目の前にナイフを突き出した。
「力が欲しいならギャングに入るか? 知ってるだろ? うちに入るには、組織のために人を殺せるという証明が必要だってことを。」
ナイフを指でくるんと回してツカサに柄を差し出す。
「欲しい物があるなら自分で動け。俺は動いた。……それだけだ。」
ツカサは目の前に差し出されたナイフを掴めなかった。これを受け取れば自分の世界が決定的に代わってしまうと思ったからだ。
「俺には……人を殺すことなんてできない。」
その言葉を受け、ケイジは表情を和らげた。ナイフをホルスターにしまい込み、ナイフの代わりに懐から札束を取り出す。
「お前はギャングになんてならなくていい。……これは仕事の報酬だ。さすがは本職だな。」
「こんなに?」
それはツカサの一ヵ月分の収入に匹敵する金額だった。
「ソラにうまい物でも買ってやれよ。」
ケイジはわずかに笑みを浮かべると、部屋の隅に鎮座している金属の球体容器の元に向かう。
「お前ら、これを運び出すぞ。……荷物は最後まで届けなきゃな。」
その金属の容器は先ほどからツカサも気になっていた物だ。《防壁》に使われている物と同様のパーツが取り付けられ、厳重に何かを封じ込めているように見える。
「気になるか?」
ツカサの考えを見透かすようにケイジが問いかけた。
「まあ、そりゃあ……な。」
ツカサは金属容器を観察する。容器の表面には軍のマークが刻印されていた。
「見覚えがあるんだ。……本か何かで見たことがあるような。」
「そうか。……まあこれが何かなんて聞かれても答えられないからな。俺だって知らないんだ。」
だが、ケイジは虚空を見つめ、何かを思い出したようにつぶやく。
「もしかすると、すぐにわかるかもしれないがな。」
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