第2話【喰われる者、帰れる者】

 目を覚ました場所は、じっとりと湿ったボロボロの畳の上にだった。四方を穴だらけの障子に囲まれている。

 穴の向こうは赤い空間で、時折ギョロリとした目が覗いてくる。

 端の方に座っていた男性が、差し込まれた長い舌に舐められて悲鳴をあげた。


「春香ちゃん!」


 ルミが泣きながら春香に抱きつく。

 異常な空間に、顔見知りが居るのはありがたい事だ。落ち着きを取り戻せる。


「私たち、食べられちゃったのかな?」

「そうだと思う。捜索願を出されてる隣のクラスの速水さんが居るから」


 ルミは全体を見渡し、一人一人の顔を確認すると、まずスーツ姿の男性を指差す。


「二丁目の田中さん。飲み会の帰りに消えた39才の会社員」


 次に髪を一つに束ねた女性を指差す。


「三丁目の山田さん。買い物帰りに消えた32才の主婦」


 次にユニフォームを着た男子を指差す。


「野球部だね」

「ううん、コスプレ好きでイベント帰りの四丁目の高橋さん17才だよ」


 次に腰の曲がったお婆さんを指差す。


「この人は分かる!五丁目の駄菓子屋のキヌさん!」

「94才でバツ4、孫8」

「意外」


 最後の一人、5才ぐらいの女の子を見た時、地響きのような老婆の声がした。


「ワタシは自動販売機、オマエらは商品さ。大人しくして、人間の肉が好きなお客様がたに選んでもらうんだね」


 よく見ると胸に番号札が付けられている。

 押された者から死んでいくのか。自分は何円なのか。春香は全身の毛が逆立つような恐怖を覚えた。


「だがこの業界も厳しくなってね、食っていい人間が限られているんだよ」

「どういう事ですか?」


 ルミが堂々と聞くと、老婆は笑いながら答える。


「ここで一週間待っても、誰も探す人がいない人間さ」


 その時、呼び声が響いた。

「桜どこなの、居たら返事をして」「あなた、光さん、いるの?」「幸子ママどこー?」「レイジお前また勝手にユニフォーム着ただろ」「キヌおばあちゃーん!」

 次々出てくる家族の声。

「ルミまた変な事してるんでしょ、ご飯だよ」

「お姉ちゃんだ!」


 呼ばれたメンバーは部屋から消えていき、春香と小さい女の子だけが残された。

 彼女はアザだらけの体をしていて、ずっと下を向いている。


「あの子って何日居るんですか」

「今日で一週間さ」

「そんな!」


「春香ー!またルミちゃんと遊んでるのー?」

「お母さんだ!」


 春香の体が光に包まれる。だが一人残される子の事が気になった。自動販売機の外に出てルミと再会してから、大声で呼ぶ。


「迎えに来たよ!さあ帰ろう!」


 いくら呼んでも返事が無い。空を見上げると星が出始めている。日付けが変わったら、あの子は食べられてしまう!

 帰れたメンバーは、全員名前を呼ばれていた。


「レイちゃん、アスカちゃん、シズカちゃん、ラムちゃん、アカネちゃん、フミちゃん、リンちゃん、わぴこちゃん、アッコちゃん、ウサギちゃん!」

「何やってるの?」

「最後に一人残されているの、名前を当てないと帰れないの」

「バービーちゃんだよ」

「はあ!?」

「金髪姫と書いてバービーちゃん。一丁目4才」

「ルミちゃんありがとう!」


 春香は気持ちを落ち着け、息を吸って大きく呼びかけた。


「迎えに来たよ、金髪姫バービーちゃん!」


 光に包まれた少女がふわっと現れて、春香とルミは二人掛かりで抱きとめた。

 勢い余ってひっくり返る。三人で星空を見上げた。

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