人喰い自動販売機
秋雨千尋
第1話【444揃いし時、それは現れる】
月が雲に隠された時刻。
昼間の暑さが嘘のように、肌寒く静かな住宅街の一角。そこに一台の自動販売機がある。
酒類も扱いながら年齢確認を必要としない旧型のタイプで、一本買うごとにスロットマシーンが回る仕組みだ。
一人の少女が、裸足でフラフラと自動販売機の前にやってきた。身体中に青アザが浮かんでいる。
暗闇を照らす画面に目を輝かせ、ポケットから小銭を出して入れていく。
「あっ!」
百円玉が一つ転がってしまった。台の下を覗くも暗闇しかない。
伸ばした指先は砂埃しか拾えない。
「どうしよう・・・お父さんに怒られる」
うずくまって泣いている頭上から、明るい機械音が鳴り響く。何事かと顔を上げると、ルーレットが回っていた。
ー444ー
パパパーンと祝福モードなBGMが流れ、少女の顔がパアッと輝く。並んだ数字に見とれていると。
「アタリダヨ」
老婆の声が響き、小さい体は宙に浮いた。
脱げた片方の靴が地面に落ちる。そして辺りは静寂に包まれた。
+++
「春香ちゃん、人喰い自動販売機って知ってる?」
ランドセルを置いたと同時に、噂話大好きなルミが三つ編みを揺らして近付いてきた。新しいネタを披露したくて大きな目がランランとしている。
「何それ、教えて」
「フフン。あのね、一丁目にある大きな自動販売機が女の子を食べちゃったんだって」
「ええ、怖っ!」
「二組の子でね、今朝、捜索願が出されたらしいよ」
「隣のクラスって、リアルで怖いんだけど」
ルミは机の周りを歩きながら、得意げに現場の状況を説明し始める。
「お父さんの大好きなサイダーを買っておいてあげたくて一人で出かけたんだって。近所だからお母さんも気にしなかったみたい。
でもいつまでも戻らなくて、自動販売機の前に、靴だけがポツンと」
「ゆ、誘拐じゃないの?」
「身代金の要求も、車の目撃情報も無いんだって」
ルミはあちこち潜んで情報を入手している所から、くノ一と呼ばれ一部で恐れられている。
一年の時から仲の良い春香は、次の言葉が予想出来た。
「放課後、調査しに行こうよ!」
+++
噂の自動販売機に変な所は特に無い。ラインナップも普通だ。二人で上から下までじろじろ探してみたが、人喰いの証拠は見つからなかった。
「怪しいのは、このスロットかな」
ルミは試しにオレンジジュースを一本購入。スロットは123。更にもう一本。234。
お財布が空になるまで買い続けた。
ジュース10本は重い。代償に花柄の財布は軽い。どんより落ち込む背中を撫でながら、春香は自分だけ無傷なのは申し訳ない気持ちになった。
「喉が渇いたし、私も」
チャリンッと百円玉が転がっていった。慌てて下を覗くも暗闇しかない。手を入れても砂埃しか掴めない。
「ぐうっ!私の、百円っ!」
春香は地面を抉らんばかりに叩いて悔やむ。百円あれば駄菓子屋でガムとゼリーが買える。食べられなかったガムとゼリーの味が舌に浮かんで涙が出た。
すると、その瞬間。
明るい機械音が鳴り響く。何事かと顔を上げると、ルーレットが回っていた。
ー444ー
パパパーンと祝福モードなBGMが流れる。
「な、なんで?お金足りてないのに」
どう考えてもやばい、逃げよう。
そう決意した矢先に目の前に現れたのは片方だけの靴。ピンクと白のスニーカー。ルミのお気に入り。
「る、る、る、るみちゃ・・・」
震えながら自動販売機を見上げると、商品が並んでいた場所が、歯の無い巨大な口になっていた。
「アタリダヨ」
悲鳴をあげる暇も無く、口の中に吸い込まれていく。
靴が落ちる音がした。
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