人喰い自動販売機
れなれな(水木レナ)
第1話 人喰い自動販売機
幼心にも興味はあった。
俺の背がまだ自動販売機の集金ポケットにも届かなかったころ。
このあたりでは、都市伝説がたくさんあった。
国道**号線脇にある道の駅。
地元民の俺がしょっちゅう通うような場所でもないが、老いた母が野菜を売りに出すからと、俺の車を当てにするからしかたなく来た。
店の前面にずらっとならぶ自動販売機はなかなかの圧で、中でも「人喰い自動販売機」の噂が耳に残っていた。
まあ。
深夜の民放で、猟奇殺人なのか「
深夜の空いている道路で、トラックを走らせる運転手が、なんの恨みがあってそんな噂をしたのだろうとは思う。
嬰児はへその緒がついたままだったとか、声すら立てなかったとか、さまざまに語られた。
迷惑の権化でしかない、その噂。
今思えば暗い時代を反映していた。
その日俺は、土曜日の市で日本刀のレプリカが売り出されていたから、ひとつ買った。
なんとなく欲しかったのだ。
安かったし。
しかしこれをそのまま持って帰ったら、銃刀法違反でつかまりはしないだろうか?
俺は考えた。
周囲にはカップ麺から飲料、おみやげまで入った自販機が所狭しと並んでいる。
イメージ戦略でいこう。
あの、くまさんのぬいぐるみをひとつ買って、人畜無害を装う。
いや、今だって人畜無害なのだが、持っている物がアレだから。
しかし、大人になってぬいぐるみを買うのも、結構恥ずかしい。
その自販機はピンク色に大小のハートマークがあしらってあり、成人男性には近寄りがたいのだ。
おそらくこれは、女性人気を狙ったに違いない。
夕方になるのを待とう。
ん。
やっ! まてまて、子供が見てるな。
ちょっと人目を避けようか。
現代日本で刀を見て、「かっこいいぜ」と思ってしまうのは、ノスタルジックな大人だけだ。
子供には実物を見せたらいけない気がする。
逃げつつ、暗くなるのを待つ。
ようやく太陽が地平線に沈んだ。
西の空は深紅に燃えている。
ようやく自販機でぬいぐるみが買える。
やれやれ。
六百円か。
小銭が微妙に足りないから、千円札を出すぞ。
もあっ。
そのとき、なまぬるい、いやな空気が漂ってきた。
自販機から……?
いや、どうでもいい。
早くぬいぐるみを買って、家に帰るのだ。
この日本刀(レプリカ)は、おもちゃですよ、単なる趣味的なアレですよ、とアピールするために、俺はどれだけの時間を費やしたろう。
背中に疲労感がのしかかってくるが、それももうすぐふり払える。
かしょん。
千円札を入れた。
が、返ってくる。
札のしわを伸ばして再度入れる。
かしょん。
なんか、戻ってくるなあ。
何度も入れてはみるのだが、こんどは自販機自体が、札を受けつけなくて。
困った俺は、ガンガン蹴った。
釣銭切れを疑ったが、そんなランプはついていない。
かしょん。
なんとか札は入った。
しかし、暗くてボタンのありかがわからない。
すぐにモーター音がして、自販機はガタピシいいだした。
「壊れてたのか……ちっ」
これでは、恋人へのサプライズを、安く済ませようとして、失敗したみたいな恰好だ。
俺は俺のために日本刀(レプリカ)を手に入れたいだけだったのに。
いや、ここに手に入れているというのに。
「札が返ってこねえ……」
ふう。
一息入れて、俺は日本刀を抜いた。
いや、レプリカだけど。
「札返せ、おりゃ、給料前なんだよ!」
ガンガン自販機を打った。
めった打ちだ。
疲れた。
「あんた、そこでなにしてる!?」
しまった、人に見つかった。
俺はとっさに、笑みを顔に張りつける。
「いやあ、おつりが出てこなくって」
「そ、それは日本刀!?」
「いや、レプリカです」
「レプリカでも、そんなふうに使っちゃだめだろう!」
ああ、面倒くさいな。
「いえ、そうなんですけどね」
「ちょっと、交番に来なさい!」
「いやいや。だから」
「非を認めなさい!」
面倒だって言ってるだろ!
ゴス!
俺はレプリカの刀で、おっさんをぶったたいた。
「なにをするんだね!」
あ、人間て、案外がんじょうだな。
おっさんは、肩口をおさえて、うんうん言っている。
だから、たたいたのはそこじゃねえ。
もう、通報されるのも面倒だから、気を失ってもらうしかない。
俺は大きく上段の構えをとった。
剣道の心得? 中学の頃、授業ですり足を習った程度だ。
いきなり、背後から青い光が浴びせられた。
びくりと、背筋が凍りつくのがわかった。
振り返ると、闇夜に沈むピンクの自販機から、射るような光が照射されていた。
ビカビカと、ギラギラと点滅するライトの中で、やけにグロい牙をむく、くまのぬいぐるみが目を吊り上げていた。
なんだよ、おまえをたたいたんじゃないだろ!?
なんの恨みでそんな顔をしてるんだ。
「うっ、うわああ!」
自販機が迫ってきた。
忘れてた。
ここって、人喰い自販機の……。
噂だけじゃなかったんだな……。
俺の記憶ははっきりしている。
もう、日本刀を抱えたまま、自販機に喰われて数週間経つ。
暗闇の中、目の前にあるのは、ピンクのフリフリエプロンをつけた、見上げるほど巨大なくまのぬいぐるみ。
腹もすかなければ、退屈でしょうがない。
最初のころは、やみくもにもがいたりもしたが、落ちついてみれば、妙な空間だ。
夢みたいなもんなのかな……。
俺は唯一
この自販機に用があるらしい。
だめだ。
俺はなんとかしようと、あたりを見回した。
ジー……。
機械音がして、この自販機が札をのみこんだらしい。
俺はそれを、中から押し返した。
そんなことをしてどうなるのかは、わからない。
だけど、だめだ。
こんなところに、来てはいけない。
この自販機は故障中だ。
ジー……。
故障中だと言ってるだろう!
「あら? また出てきた。へんねえ」
その女性は、パンプスでキックしてきた。
ん?
ちょいちょい、なんか……フリフリエプロンのくまさんが、青筋立ててるが。
カッ!
あたりが青白い光に包まれた。
「キャーッ」
目の前に女の人がいた。
ああ、喰われちゃったんだな。
ご愁傷様。
「なんなの!? これは!」
なんなのッて言われても。
「キャアア!」
俺は落ちつかせようと、近づいた。
すると……。
「かっわいい。くまさん!」
どうやら、俺の後ろのぬいぐるみに反応してるな。
なぐさめの言葉は必要ないらしい。
「あんたな……自販機キックしたら、だめだろ」
「なによっ。くまさんが欲しかったんだモーン」
俺は頭をおさえた。
彼女はピンクのくまの、フリフリスカートを示して言った。
「ここので、最後だったんだから! フリフリくまさんシリーズ、コンプリート!」
「くだらない女だな……」
「あんたはどうなのよ。なんでこんなところにいるの?」
ようやく関心を払ってもらえた。
「俺は人喰い自販機に喰われたんだ。おそらく、あんたもな」
「うそ……」
「ここにいると空腹も睡眠欲もない。俺は風呂にも入ってないが、臭うようなこともない」
女はだまって計算機を出してきた。
「そうすると、食費二万五千円と水道、光熱費が浮くからー。ラッキー! 今月助かっちゃった!」
おいおい。
「わかってんのか? 一生ここから出られなくっていいのかよ?」
「一生? そんなこと、決まってないじゃなーい」
どこまでも、ノーテンキに女は言った。
「それより、このくまさんワールド! 私の部屋にぴったりよ!」
なに言ってんだこいつ……。
「あ、おにーさん、紅茶淹れてー」
「なんで俺がっ」
「あー……喉がかわかないんだっけー?」
「そうだよ! 言ったじゃねえか!」
「………………」
「なんだよ?」
女はジーッと俺を見つめた。
「おにーさん、よく見るとイケメン」
ドクっと胸が鳴った。
「おまえ、そういうこと言ってる場合じゃ……」
「うふふん」
「ぅえ!? えぇえええ!?」
十月十日後。
道の駅の自販機から、嬰児が出てきたとか。
-了-
人喰い自動販売機 れなれな(水木レナ) @rena-rena
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