出現! 恐怖のドッペルゲンガー!②
◆
エレベーターがある。
うん。知っている。
このエレベーターは基本的に高層階用。つまり、研究室に向かう教授たちが使うものになっているため、学生が使うことは滅多にない。正直、三階教室で講義がある場合は使いたくなるのだが、周りの目が気になって一度も使ったことはない。
さて、だから何だという話である。
照明などがすべて消されているのに、これだけは使えます。なんて今日の俺のために、親切設計がされていると思うほど愚かでは、…………ないけれど。
「動くのか?」
エレベーターの上の電光表示には『10』という数字が浮かび上がっていた。
動いていなくても、あの電光板に数字だけは表示されるのか。それとも、
恐る恐る近づいて、ボタンを押そうかどうかと逡巡していると、
――ガコッ
突然何かが動き出す音とともに、表示された『10』の数字がゆっくりと減り始めた。
「うひょぉおぉ、わおっ! ご、ごめんなさい!」
あまりにも驚きすぎて、とんでもない悲鳴が出た。なぜかおまけで謝罪も出た。
俺は降り始めたエレベーターを、固唾を飲んで見守る間に、考えた。
なぜボタンを押していないのに、勝手にエレベーターが動き出したのか。
いや、勝手ではないのだ。やっぱり教授のうち、夜中まで研究していた人がいて、たった今降りてくるところということだ。
ならば、怖いので一緒に二階まであってもらえないかと頼んでみよう。
そう考えている最中も、心臓はまだバクバクと脈を打っている。
エレベーターが一階に着く直前に、俺は壁際まで後退する。
エレベーター内の人もこの夜中に、一階で誰かが待っているなど想像しないだろう。驚いて気を失われては困る、と自然に声をかけられるような距離まで
俺にしては冴えた発想だったに違いない。
ところが、…………到着したエレベーターには誰も乗っていなかった。
誰も乗っていなかった。
それを受け止めるのに一分ほど固まっていたように思う。
じゃあ、どうしてこのエレベーターは動いたのだ。
俺を迎えに来たとでもいうつもりか。
迎えに来た、その表現は何となく的を射たものだった気がする。
なぜなら、エレベーターの扉が一向に閉まらないからだ。
これだけの時間、誰も操作しなければ、エレベーターの扉は閉まるはずだ。
けれど、それはまだ目の前で大口を開けて煌々と光を放っていた。
乗れ、と言わんばかりだ。
ここまで来ておいて、乗らないなんて選択はできなかった。
俺を待っていたかのように、入るなり扉がゆっくりと閉まる。
操作パネルの前に立ち、二階ボタンを押そうとしたところで、
――ガコッ
「あひゃいぁぁ! ごめんなさい、ごめんなさい!」
これまたひとりでにエレベーターは動き出す。
しばらくして、エレベーターが動きを停めると、パネルには『4』の表示が見える。
四階に着いたようだ。ここには研究室がいくつかあるはず。まあ、もちろん俺はこの階に用事など一切ない。
すると、エレベーターは扉を開けることなく、またひとりでに動き出す。
開かないのね。そうなのね。
一応、駄目で元々、二階のボタンをポチっと押してみた。一応、ね。
それからは二階、六階、その先はよくは覚えていないが、何度か扉が開かぬままエレベーターは移動し続けた。二階に停まるたびにちょっぴり期待してしまうが、およそ一度も扉が開く気配はなかった。
もはやエレベーターさんが暴走し始めたあたりからは、恐怖を通り越して死を覚悟しており、彼にされるがまま状態だった。
しばらくして、これは五階に停まった。
さあ、あと何回このエレベーターは移動を繰り返すのかと絶望していたとき、おもむろに扉が開いた。
ああ、もう限界だ。全然目的の階ではないけれど降りよう、と一歩を踏み出そうとした途端、一人の少女がエレベーターに乗り込んできた。
彼女は俺に目もくれず、操作パネルに向かうと、『閉』ボタンを押した。
「あっ……」
タイミングを逃し、無情にも閉まってしまう扉。
そして、またエレベーターは動き出す。
この子は誰だ。一体こんな時間に何をしているのだ。
背丈は中学生くらいに見える。真っ白のワンピースに色白の肌。それとは正反対に吸い込まれてしまいそうな綺麗な黒髪。腰まである長髪をだらりと垂らしていて、素顔は全く見えない。
それにしても、彼女の肌の白さは尋常ではない。白人とかそういうことではなく、全くもって血の気の引いてしまったような青白い肌なのだ。
その容姿は浮世離れならぬ、この世離れに思えてぞくりとした。
そのままゆっくりと視線を落としていくと、彼女の足元で目を疑う事実に気がつく。
彼女は裸足だった。それも、そこから伸びるはずの影が見当たらない。
本当に幽霊。
そう思って顔を上げると、彼女の姿はすっかり消えてしまっていた。
さらに、エレベーターの扉は開かれていて、操作パネルの表示は二階を示している。
「え、え? つ、着いた?」
異常な寒気にガチガチと歯を鳴らしながら、エレベーターを降りてみると、確かにそこは七号館二階だった。
一階よりいっそう湿り気を帯びた異様な雰囲気を感じつつ、俺は足早に休憩所へと向かった。
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