第1章 出現! 恐怖のドッペルゲンガー!

出現! 恐怖のドッペルゲンガー!①




 夜の十一時。

 春とはいえこの時間の外はさすがに少々肌寒い。

 いや、寒気がするのは焦燥のせいだろうか。


 レンタルビデオ店でのアルバイトを終えた俺は、まっすぐ帰宅……することなく、大学へ向かっていた。

 忘れ物をしたのだ。

 我ら今を生きる若者にとって、命よりも大切なアレだ。

 それはスマートフォン。

 まさかそんな大切ものを忘れて気づかない奴はいないだろう、と誰もが耳を疑うに違いない。俺もそう思っているし、忘れたことに気がつかないわけがなかった。


 しかし、タイミングが悪かったのだ。

 今日の講義は三時過ぎに終わり、大学の七号館二階にある休憩所で、友人であるたちと合流した。

 俺はアルバイトまでまだ時間があり、舘は友人との飲み会が今夜あるためにまだ大学を離れられないということだ。

 少しばかり時間つぶしのつもりで集まったのだが、それが大きな間違いだった。


 美味しいのはどちらなのか、きのこ派とたけのこ派に分かれて始まった不毛な議論は思いのほか白熱してしまい、気がつくと予定の時間を大幅にオーバーしてしまったからだ。

 アルバイトに遅刻寸前の俺が七号館を慌てて飛び出し、ポケットにスマホが入っていないと気がついたのは駅に着く直前だった。

 記憶を辿れば、それはおそらく休憩所のテーブル下のラック。そんなところにスマホを置くのは珍しかったため記憶に残っているが、肝心の回収した記憶がない。

 けれども残念ながら、取りに戻る時間的余裕もない。


 あの休憩所は広いわりに利用者が少ない穴場だ。

 明日取りに行ってもそのまま置いてある可能性が高く、さらに利用者が学生ばかりのため学生課に忘れ物として届けられている可能性だって十分だ。


 そう判断した俺はそのまま隣駅のアルバイト先まで向かった。


 ところが、バイト中もずっとそのことが頭から離れず、居ても立っても居られなかった俺は、バイトが終わると同時に大学へ戻ってきたというわけだ。


「さすがに……ダメかあ」


 息を切らしながら着いた大学の正門はすでに巨大な鉄門扉が閉められ、入場することはできそうにない。

 あと残るは、東門と西門だ。

 すでに深夜といえる時間である。望み薄なのは承知の上だが、すべて確認せずにはきっと眠れなくなる。


 外壁に沿ってぐるりと東に回り込む。

 そこには正門に比べ三分の一ほどのスケールの小さな門がある。東門だ。

 遠目から見ても灯りはなく、扉が閉まっているように見えたのだが、


「……マジか」


 門の隣に備え付けられた小さな扉が開いている。おそらく守衛さんが出入りするための扉だ。ここが開いているということは、守衛さんがここにいるということだ。

 事情を話せば、七号館を開けてくれるかもしれない。

 にわかに湧き出した希望に俺の心は震えていた。


「……マジか!」


 ところが、誰もいなかった。守衛室はもぬけの殻だ。

 いや、ここで希望を捨てるのはまだ早い。大事なのは、扉が開いているという事実。薄暗い外灯のみの不気味な空間がひろがっているが、とりあえず大学には侵入できるということだ。

 俺がスマホを忘れた七号館は十階建てで、三階までが教室で四階以上は教授の研究室となっている。ということは、もし深夜まで研究をしている教授が一人でもいるならば、建物が開いている可能性だってあるかもしれない。

 俺は恐怖と戦いながら、七号館へと続くタイル張りの通路を進んだ。


「……マジか!?」


 見上げてみるが、七号館は最上階まで灯りの漏れている部屋などなかった。


 にもかかわらず、入口のドアが全開なのだ。

 これはどういうことだ。

 真っ暗な建物のドアが開いていて、中には火災報知機の赤いランプと誘導灯の緑のランプがぼんやりと見えていた。

 これでは、さながらお化け屋敷である。


 そして、これだけ事がうまく運びすぎていることにも空恐ろしさを感じた。


 生唾をごくりと飲み込んだ俺が七号館に足を踏み入れると、屋内特有のじめじめとした生温い空気に包まれる。

 カツカツと自分の足音だけが響くエントランスを抜けたところで、最初にして最後の障害に遭遇する。

 階段に続く通路が閉められてしまっていたのだ。


 これでは二階に上がれない。七号館の階段はこの一か所のみだ。


 まさか、あと一歩のところで断念せざるを得ないとは。

 ああ、神様は何と人が悪いことか。


 もう帰るとしよう。ここで一気に疲れが押し寄せてきた。

 もう明日でいい、明日で。


 自らの不幸を呪いつつ、振り返ってみると、そこには…………。

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