迫りくるオカルトの足音⑤
◆
まだ講義が残っているという
さて、どうしたものか。
会わないようにすればいい、といっても俺の分身は一体どんな生活を送っているのか想像がつかないため、対応しようがないというのが本音だ。
そもそも会ったら死んでしまうとはどういうことなのだろう。分身はつねにナイフを携行していて、出合い頭に刺し殺されるのか。それとも、自分の生き写しに出会ったショックで、俺はどこかから足を踏み外して転落死するとか。
そのあたりは気にしてもしょうがないのだろうか。
では死に方はともかく、出会う確率は
大学の講義に出席してきたと言っていたから、一見確率は相当高いように感じる。ところがそれは一度きりで、それ以来は
そして、最も大切なのは、いつになったら消えてくれるのか、だ。
そうして考え事をしながら、正門へ続く大通りへ出たところで耳慣れぬ声に呼び止められた。
「やあ、伊勢さん?」
振り返ると、そこには見知らぬ女子がいた。
構内に併設された付属高等学校の制服を着ている。現役女子高生だ、すごい。
絶対不可侵領域だ。彼女には触れたらいけない。神聖な感じだ。
ショートヘアに整った顔立ち。かわいいよりはどちらかと言えばかっこいいボーイッシュな女の子だった。で、誰だろうか。
顔を覚えるのが苦手な俺としては、一度話したことがある程度の人間は名前を憶えていないことがほとんどだ。
きっと今名前が浮かばないということは、一生浮かんでこない。
「は、はい。そうですけど、ええと――」
そう。何を隠そう俺は伊勢さんである。名前を知っているということは向こうからすれば、知り合いということなのだろう。ところが、大変申し訳なく、残念なことではあるのだが、俺に女子高生のお知り合いはいらっしゃらないのだ。
「……やはりあなたは、こちら側の存在のようですね――」
おや。突然何を言っているのだ、彼女は。激しく中二病を振りまいているぞ。
密命を帯びたエージェント的な設定ですか。
突然、銃とか出して、撃ち抜かれる感じだろうか。
あと、俺の名前はどうやって調べたのですか。
「ふふ。また会おうね、伊勢さん」
「え、ええっ!? ちょっと――」
かっこよく片手を上げると、彼女は
な、何だ、これは。こりゃもしかして…………。
春なのか。
ついに、春が来たのか。
暦の上でも、気候的にもとっくに春だが、ついに俺の長い冬にも終わりが訪れ、心の春が到来したのか。
突然の春
彼女いない歴イコール年齢。そんな不名誉な称号を捨てるときが、今ここに。
きっと彼女は素直でないのだ。中二病をこじらせているならば、さもありなん。
つまりは、曲解するのが正しき道理。
すると、彼女の発言はこうなるではないか。
『あなたは私にとても近いように感じます。きっと相性もばっちりでしょう。よろしければ、また会っていただけますか?』
これは……告白以外のなにものでもない。
恥ずかしがって名前を教えてくれなかったのは残念だが、勇気を振り絞った告白だったはずだ。こちらも誠心誠意で応えなくてはなるまい。
こんどはこちらから会いに行くからね。待っていてくれ、ハニー。
…………で、本当に誰なのだ。まったく知らないぞ。
と、まあ冗談は置いておくとして。
これもまたもう一人の俺に関係しているに違いないだろう。
まったく俺はどこで何をやっているというのだ。
お願いだから人様に迷惑をかけるような生き方だけは選んでいないこと祈る。
すでに俺に関しては、よく分からない被害をいくつか被っているからな、分身よ。
また構内に目撃者がいたとなると、行動範囲は俺とあまり変わらないと判断すべきかもしれない。まあ、付属高校にまで及んでいるとすれば、圧倒的にもう一人の俺のほうが広いことにはなるが。
これはいよいよ、思わぬところでばったり遭遇する未来が見えてきた。
◆
いつ遭遇するのかと冷や冷やしていたのだが、するっとあれから数週間が経過した。
ゴールデンウィークは実家にも帰らず、少しばかり寂れた東京を眺めるに終わった。幸い、大学も休みだったため、ドッペルゲンガーの影に怯えることもなかった。
変わったことと言えば、相変わらず継続的に送られてくるお金がついに合計額四万円を突破したことだ。
これで俺の身に降りかかった実害は、洋服が数点なくなったことのみだ。
大学が再開しても、
これで入金すら止まったら、俺がただ悪い夢にうなされていただけ、という感じになる。
そうであるならば、とすべて忘れ去って日常に戻ろうとしていた矢先だ。
夜の十二時。
隣駅にあるレンタルビデオ店でのアルバイトを終えて帰宅すると、俺は再びスマホの画面を確認する。帰宅途中、何度も確認したその通知。
一件の着信履歴。
俺の敏感になった危機察知センサーが警報を鳴らしている。
危ない。これはおそらく危険な着信だ。
彼が今まで、わざわざ電話連絡をしてくることなどなかった。それも着信時刻は、夜の十一時過ぎ。おそらくただ事ではない。
いや、もう俺の中では、はっきりと答えが出ていたのかもしれない。
きっとこれは、…………。
意を決して折り返した電話は、すぐにつながった。
「……もしもし?」
「あ、もしもし。……俺か?」
スピーカーの向こうから聞こえてきたのは、気持ちの悪い声だ。いや、気持ちの悪いというのは、おどろおどろしいとかネチネチしているとかそういうことではない。
俺のことを、俺かと問うてくる自分自身の声だったからだ。
これは通話だ。
ええと、この場合ドッペルゲンガーに会ってしまったことになるのだろうか。
正直、道端で偶然出くわす以上の奇妙なことに違いない。
そうか。ならば、これで死ねるか。
その瞬間、思ったよりも安堵している自分がいることに気がついた。
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