迫りくるオカルトの足音④







「減ったお金が返ってきた!? そりゃまた親切な泥棒さんだ!」


「……ま、数千円なんだけどな」


 空き巣被害から十日、預金引き落とし被害からはちょうど一週間が経った金曜日の午後。

 場所は大学五号館、講義終わりの空き教室。

 ちょうどゴールデンウィークの直前で構内は地に足つかない連中で溢れかえっている。

 そんな中、やっと俺は印部いんべとの邂逅かいこうを果たす。これまで、お互いに講義に出席したりしなかったりを繰り返し、ついに出会わぬまま一週間も過ぎてしまっていた。


 あれから起こった出来事と言えば、まず日曜日の夜に、これまた突然泊まりに来たたちに、事件について話してみたことだ。

 その話を聞いた舘は眉一つ動かさず、そりゃ大変だなと棒読みで答えてくれた。我関せず、と俺が備蓄しておいたインスタントラーメンを勝手に啜っているあの姿から、奴は白と判断した。まあ、そもそも事件当日は夕方まで一緒にいたわけだから、アリバイは完璧なのだけれど。

 それから、もう一つは預金が増えていたということ。あれから定期的に預金残高を気にするようにしていたら、つい先日ほぼゼロだった預金が数千円に増えていたのだ。


「じゃあ、その振込元を辿れば犯人が分かるんじゃないか!」


 突然立ち上がった印部は、したり顔でこちらを見下ろした。


「……それが、な。振込じゃなかったんだよ」


 俺も彼と同じことを考えた。お金を振り込む際には、相手は名前や連絡先を入力しているはず。ならば、すべて解決ではないか、と。

 しかし、そうは問屋がおろさないものだ。


 その日、すかさず俺が入出金履歴で確認してみると、


預入あずけいれだった……ねえ。うーん?」


 印部はすとんと椅子に腰かけつつ唸った。


 預入ということは、相手は俺の口座の通帳またはキャッシュカードを持っていたということになる。そして、どうしてお金を戻すのだろう。今回の事件では数々の奇行が目につくが、これはその中でも最大のものだ。


「何かの手違いで同じ口座のキャッシュカードが作られてしまっていたとか!?」


「……それ、あると思うか?」


「……ねえな。うん」


 これだけの条件が揃っていれば、もはやこれまでの事件をただの窃盗とは言えない。

 そして、何かしらの手がかりは我々の手に握られているに違いない。

 俺はその糸口をはっきりと認識している。


「なあ、俺がゲームセンターに行っていたはずのあの日、俺とどんな話をしたのか詳しく教えてほしいんだ」


「……ええと。あの日は――」


 彼はその日のことを丁寧に思い出しているようだった。そして、その話を聞けば聞くほど、実際に俺たちはその日に会っていたのではないかと錯覚しそうになる。

 先週月曜の夜、大学にスマホを忘れ、アルバイト終わりの夜遅くに取りに行ったこと。その日突然、舘が泊まりに来たこと。どちらも俺じゃなければ知らないはずのことだけれど、印部に話した覚えはない。


「――で、帰ると部屋にはすでに明かりがついて点いていて、中には舘ともう一人居る気配がする。俺は恐くなって家には入れなかったよ。だから、今日はシャワーも浴びずに大学に来ているんだ、そうお前は言っていたな」


 途中までは確かに俺の体験をなぞるようだったけれど、家に着いたあたりからはまるで別物だった。しかしそれでは、


「もう一人、別の俺がいる? そんなわけあるか?」


「少なくともこの話をした奴は、お前と瓜二つだ」


 そのもう一人の俺が、一連の出来事の犯人ということだろうか。

 部屋に入って衣服を持ち出したのも、口座から数万円引き落としたのも、つい先日に数千円を入金したのも。すべて俺がやったのだとすれば、違和感などない。


 むしろ、それが当たり前の行動にすら思える。


 もちろん、納得はできても到底理解できるような内容ではない。いや、その逆だろうか。


「こ、こういうのってなんて言ったっけ? ド、ドット……」


 焦って言葉が出てこないが、俺にはこういう超常現象に覚えがあるのだ。


「……ドッペルゲンガー」


「そう! それそれ!」


 さすがはオカルトマニア。俺の言いたいことは瞬時に理解してくれたようだ。すかさず、印部は顎に手を当てて考え込む素振りを見せた


「で、ドッペルゲンガーって出るとどうなるんだっけ? あまりいいイメージが――」


「自分と瓜二つの人間、ドッペルゲンガーに出会った人間は死ぬってのが、迷信や都市伝説としての定番だな。裏を返せば、ドッペルゲンガーが現れているこの状況は、お前に死期が近づいてきていると捉えることもできなくはない」


「おいおい。ずいぶん物騒な話だなあ」


 ほとんど荒唐無稽な話であったために、それが今自分に起こっていることだとは思えなかった。だが、一点だけ、死期が近いという言葉だけはちくりと棘のように刺さった。


 ずいぶんと物騒なものなんだよ、と相槌あいづちを打った印部はさらに続ける。


「ところがちょっと解せない部分もある。報告されているドッペルゲンガーの多くは、周囲の人々に目撃はされるが、接触はしない。つまり、誰かと会話はしないはずなんだ」


「でも、もう一人の俺は普通にお前としゃべったんだよな?」


 こくりと頷いた印部はそのまま押し黙ってしまった。


 ネス湖のネッシーとか、未確認飛行物体とか、ヒマラヤ山脈のイエティとか、そんなことを楽しそうに話す彼からは想像できないほど、真剣に悩んでいるようだった。

 俺のために気をもんでくれているなら、彼は今までの認識以上にいいやつかもしれない。


 ただ単に目の前で巻き起こるオカルトを楽しんでいる可能性も十分あるが。


「とにかく、今日はありがとな。とりあえず、俺はそのドッペルゲンガーに会わないように注意しておけばいいってことだろ?」


「注意するって……できんのかよ?」


「さあ、ね。不必要な外出は控える、とか?」


 俺の回答を聞いた印部は、呆れたように両手を挙げた。

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