11.五月祭
ホーウホウホウホーウ!
牧童たちの声が聞こえる。
畑地に大きなかがり火が焚かれ、その間を縫って山の放牧地に向かう山羊や羊の足音や鳴き声が響く。
五月は放牧の季節の始まりでもある。寒い季節は終わりだ。大地はかがり火に清められ、その間を通り抜ける家畜たちもまた清められる。そうして新しい仔を連れ、新しい草を食みに行くのだ。
「やあご苦労さん。今年は君が居てくれて助かったよ」
オーリは親友をねぎらった。
「なんのなんの。こちらこそ珍しい風習に立ち会わせてもらって楽しかったよ。もともと五月祭は先住民の火の祭だったもんなあ。かがり火をちょっと操って踊らせてやったら、爺さんたちが喜んでた。炎使いの面目躍如ってもんだ」
ユーリアンは笑顔を見せ、ローブに残った煤を払った。
「そっちは上手く魔女を誘導できたのか?オーリ」
「なんとか夜明けに間に合った。飲み過ぎて飛べない魔女がいたから、ヒヤヒヤだったけどね」
肩をすくめる師匠の後ろで、ほんとだよとステファンもため息をついた。
魔女の宴がどんなものかなんて知る由もないが、アルコールや怪しげなハーブの臭いがしてたから……まあ、あまり考えたくはない。踊り疲れたトーニャと幼い娘たちは今、客用寝室で眠っている。ついでにガートルードも。
それよりもステファンが肝を冷やしたのは、村の女の子たちだ。
オーリの家の前の森に日が上る前から集まって、騒々しいのなんの。なんでも、五月一日にサンザシに降りた露を集めて顔を洗うと綺麗になるとか――効果のほうは知らないが。
もっとも、村人たちが立ち入っていいのは表の「明るい森」だ。魔女たちが集会をしていた王者の樹があるのは、家の裏手から続く「暗い森」。ここには誰も立ち入らないし、もし間違って誰かが迷い込んでも、オーリとエレインが上手く魔法で隠してあるから、女の子たちと魔女が鉢合わせする危険はない、はずだった。
「あらぁ、今日はカラスが随分いっぱい集まってるのねえ」
と素っ頓狂な声をあげたのは、今年の五月女王に選ばれた子だ。
カラスどころか、鷲やら鷹やらトンビやら、魔女はいろんな姿に化身する。一応、魔力のない人間には見えないようにしているはずだが、誰か酔っぱらって姿を見せてしまったか?
ステファンがおろおろしているところへ、助っ人のようにマーシャが現れた。
「まあまあー可愛いお嬢さんたち。幸運のサンザシは手に入りましたかしら。さあ、お菓子をどうぞ」
盆に一杯の焼き菓子を持って、勧めてまわる。女の子たちは歓声をあげてお菓子をもらい、代わりにサンザシの小枝を次々とステファンに押し付けていった。
「良かったなステフ。今年は君がキングになれるんじゃないのか?」
含み笑いをしながらオーリが見ている。
「え?え?キングって。これ、どういう……」
「
ヒッ、と声が出た。ステファンは手元を見、女の子たちが去って行った森を見、慌ててサンザシの束を放り出した。
「聞いてないよそんなの!ぼく、やだからね!」
そんなもったいない、とユーリアンが茶化すのをしり目に、ステファンはぷんぷんしながら自分の部屋に戻った。
冗談ではない。人前で解錠魔法を披露するだけでもいっぱいいっぱいなのに、この上キングだと?そんな茶番に付き合えるか。
そもそも、五月女王になる女の子って……誰だっけ。顔は見たけど覚えてない。
◇ ◇ ◇
五月祭初日は型通りに、とどこおりなくのんびり進んだ。
メイポールダンスだの村の男衆による伝統ダンスだの、おかみさん達お手製の振舞い料理がテーブルに並ぶ。
「だからねえ、そこでステファンがうまく台詞を言ってくれなきゃ。五月女王の見せ場なんだからねっ」
村芝居の練習をする子ども達の真ん中で、甲高い声を張り上げているのは、雑貨屋兼郵便局の娘、メイジーだ。
「なんでメイジーが仕切るんだよ」
「仕方ないじゃない? ダルシーが急に出られなくなっちゃったんだから。十二歳以下で次に大きい女の子は私しかいないんだもん。急に言われて困っちゃう」
言葉とは裏腹に、メイジーは得意満面だ。
ダルシーというのは、今朝がた森の上のカラスを見てしまったあの子だろう。せっかく今年の五月女王に選ばれていたのに、家に帰るや否や、顔や腕が真っ赤に腫れあがってしまい、泣く泣く役を交代したという。
森の中を歩くうちに、うっかり何かの毒草にでも触れてかぶれたんだろう、というのが子どもたちの話だった。が、ステファンには、カラス姿を見られた魔女が呪いをかけたのでは、と思えて仕方なかった。気の毒なことだ。
「だーからステファン! そこで遅れないでっ」
「あ、ごめん」
謝りながらも、ステファンは全くやる気が出なかった。なんでよりにもよって、女王の代役がキンキン声のメイジーなんだ。いっそ当日は大雨になればいい。
「なあ、毎年おんなじ芝居なんてつまんなくない?」
「
「昔は中に悪いやつを閉じ込めてさ、本当に叩いたり焼いたりしたんだって。父ちゃん言ってたぞ」
「もう、男の子は! 勝手に話を変えないで!」
騒々しい子どもたちの中で、ステファンは一人、帰りたい……と念じていた。
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