9.魔法と電気機械

 広場に大きな木が運ばれてきた。

 枝打ちし、表面を荒く削り、布を巻いてメイ・ポールにするべく装飾していく。


 通常なら五月祭は五月一日を中心に行われるものだが、この地方では第一月曜がメインの日になっている。今年の第一月曜は四日。祭りはそこまで続く。仕事が滞ろうがなんだろうが、続くったら続く。二度の戦争中ですらそれは変わらなかったというのだから、五月祭にかける情熱はたいしたものだ。


――という話を、大人たちは笑いながら続けている。パブの前に並べだ椅子に陣取っているのは、オーリたちだけではない。仕事の手が空いた爺さん連中まで集まって、いつのまにか祭の打ち合わせという名の雑談会になっている。


「しかしあれだ、五月女王なら先生んとこのエレインが良かったんじゃねえか」

「そうそう、あの竜人娘べっぴんさんならだれも反対せんじゃろうに。ラジオにはもう出んのかい?」

「出ないよ。顔の見えない相手に話すのは疲れるってさ。お茶会ならどこにでも行くけど」

 さもあらん、とユーリアンがうなずいた。

「ところで結婚の話はどうなった、オーリ」

「それなんだが」

 オーリはため息をついた。

「役所に届けを出しに行ったら書類を突き返されたよ。人間と竜人の結婚なんて前例がないってさ」


 歯の抜けた爺さんが憤慨した。

「ばかでねぇのか。エレインはもうこの村の娘だぞ。書類だぁ規則だぁ、役所はそれしか言わんのか。おう、いっそ先に子を作っちまえ」

「ちょ、ちょっと爺さん、弟子の前でそんな話は」

 大慌てで話を遮るオーリの隣で、ユーリアンが大笑いしている。


 べつに、爺さんたちの話を聞かされたって卒倒したりはしない。だが面白くもない。ステファンは椅子の上で足をぶらぶらさせながら、ぬるいジンジャエイルを飲むふりを続けた。


「おや、これはオーリ先生。お揃いで」

 パブから出てきた男が声をかけてきた。雑貨屋兼郵便局の主人だ。

「配達ですか? ウォレンさん」

「ええまあ、ドラ息子が帰ってきたもんでね。あいつにも少しは店番をさせないと」

 トビーと一緒に隣町の工場に行ったという例のドラ息子のことか。ステファンは冬に聞いた話を思い出した。いつ帰ったのだろう。結局賭けに勝ったのは農場のバーリーさんか、ウォレン氏のほうか。一度も会ったことがないはずなのに、なんとなく嫌なイメージが思い浮かぶ。


「ところで先生、聞きましたか。この店もついにジュークボックスを入れたそうですよ」

 ウォレン氏が店の中を親指で差した。

「さっきもその話をしてたんだよ。似合わないと思うけどなあ」

 オーリが振り返って苦笑した。店の奥からは外国の流行り歌が流れている。

「わたしもそう思いますがね、これも時代でしょうな――おお、こんな時間だ」

 ウォレン氏は帽子をちょいと上げて会釈すると、足早に出て行った。


「ぼうず、コインを入れてみるかい?」

 爺さんの一人が、電飾輝くキャビネットを指差す。チップスを食べていた親子連れが機械を覗き込んで、次にどの曲を選ぶか迷っているようだ。

「ええと、いいですぼくは」

 ステファンは首を振った。

「ぼく、ラジオにもさわれないんです。ノイズがひどくなって真空管が割れたこともあるし」

「そんなもんかい? 案外不便なこったな、魔法使いさんは」

 笑う爺さんには悪気はないのだろう。わかってはいてもステファンの胸には苦いものが走った。本当は、機械ものは大好きだ。あの煌びやかなキャビネットがどういう仕組みで動くのか、触ってみたくてしょうがない。けれど無理だ。


 気にするなというようにユーリアンがステファンの肩を叩いて、オーリを促した。

「そろそろ行こう、他にも見どころはあるんだろ?」


 気まずい思いで歩くステファンに、オーリはまた頭ポンポンをしようとする。今日はこれで何回目だ。

「魔法使いが電気機械と相性が悪いのは珍しいことじゃない。心配ないよ。訓練すれば、場に応じて自分の魔力を抑えられるようになる。少なくともラジオを壊したりしない程度にはね」

「自分で抑えたりできるものなんですか?」

「できるさ。でなきゃ魔法使いはこの二十世紀で生き残れなくなるよ。杖を使いこなすのも魔力を高めるのも大事だけど、もっと大事なのは、ちゃんと役に立つ力にすることだ」

 

 隣でユーリアンがぷーっと噴き出した。

「偉そうにいってるけどさ、オーリだって修行中はさんざんだったぜ。癇癪をおこしちゃいろんなものを壊すから、壊し屋とかあだ名されてたくらいだし」

 言うな、と顔をしかめてオーリは親友を睨んだ。


 



 

 

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