6.解錠!
四月も終わりになると、野や森がなにやら浮足立ってくる。
サンザシが咲き、ブルーベルが揺れ、コマドリ騒ぐ。牛も騒ぐ。
ついでに人も騒がしい。なにしろもうすぐ五月祭だ。
「やり直し、もっと具体的にイメージして!」
いつになく厳しい声がオーリの庭で響く。ステファンは芝生の上に立てかけた扉を前に、深呼吸して杖を構えた。
「『女王の声うらららかに、冬の縛め、いざ解かん』……あれっ」
杖が何も反応しない。何度も振っていると、バチンと派手な音を残して扉の蝶番が弾けた。
オーリは飛んでくる蝶番を慌てて避け、首を振った。
「違うちがう、『うらららか』って何だよ。『麗らか』だ。ちゃんと発音して」
「……すみません」
ステファンは情けない思いでハリボテの扉を見た。オーリが調達してきた代物だ。大小いろんな錠前がくっついている。
「いっそ台詞なしのほうがいいんじゃないかステフ」
「だって、呪文ぽいのがあったほうが格好つくし……」
ぶつくさ言うステファンの頭をポンと叩いて、オーリは休憩を言い渡した。
毎年、五月祭には村の子どもたち総出で芝居をすることになっている。最大の見せ場は、五月女王と『冬の扉』の対決だ。例年なら大きな鍵で女王が扉を開け、新しい季節を解放して大団円、という筋書きらしいが。
今年は魔法使いの子がいるんだからなんかやってくれ、という村人の要望を受けて、ステファンは断れず、つい引き受けてしまった。
まだこれといって人前で披露できる魔法なんてないのに。
いやそもそも魔法を見せ物にして良いものか?
悩みながら恐る恐るオーリに相談してみると、返ってきたのは意外な答えだった。
――『解錠』の魔法がぴったりじゃないか!
オーリの考えはこうだ。『冬の扉』に錠前をつけよう。なるべく目立つような、舞台映えするようなやつを。そして女王役の子が鍵を向けると同時に、舞台袖からステファンが解錠魔法を使う。観客の目の前で派手に外れる錠前! 勢いよく扉が開き、解放される季節の
より感動的じゃないか? と楽しそうに提案するオーリを見ながら、いっそ先生がやればいいのにとステファンは泣きたい思いになった。
杖を持つ魔法使いなら『解錠』なんて初歩の初歩と以前オーリは言っていた。が、そう簡単にいくものか。
掛け金式、スライド式の鍵ならどうにかなる。構造が見えるからだ。しかしドアノブの下に鍵穴だけあるやつや大きな錠前なんかはだめだ。いったいどういう仕組みでどこがどう動いて外れるのか。それがわかるまで解錠なんかできっこない、とステファンは主張し、オーリは頭を抱えた。
「そうか、君はそういう理詰めで考えるタイプか。――いや違う違う、なんか根本的に違うぞ」
庭から続くダイニングの椅子をくるっと回し、背もたれを抱えるようにしてオーリは座った。
「いいかい、我々魔法使いのいう『解錠』てのは解放なんだ。閉ざされ縛められていたものを解放する。鍵のギミックなんかどうだっていい、目を閉じてイメージしてごらん。そう、五月女王が季節の精霊を自由にしてやるようなイメージだ」
スステファンは目を閉じた。その手のファンタジックな空想ならお得意だ。なんたって小さい頃から物語の本をさんざん読んできたのだし。だが、それが自分の使う魔法とはどうも結びつかない。
無意識に指を動かし、杖を振る動作をした、その途端。
バリバリっと音がした。見るとハリボテ扉が二つに割れている。原因は――ステファンの杖だ。いつのまに飛んでいったのか、扉にぶっ刺さっている。
「ごめんなさい、こいつったらまた暴走した!」
ステファンが慌てて杖を引き抜きに行くと、庭の妖精たちが物見高く集まってきた。
「暴走?」
「そう、時々勝手に動いちゃうんです。1月からこっち、壊してばかりだ……あっ」
しまったとステファンが口を押える前で、やっぱりお前かというように妖精たちがキィキィ声をあげた。植木鉢を割ったことを覚えているのだ。
「ぼく、杖に嫌われちゃったのかなあ」
「まさか」
オーリは席を立ち、ちょっと見せてごらんと杖を手に取った。絵の具の沁みついた大きな手の中で、ステファンの杖はことさら小さく頼りなく見える。
「これは仮の杖だよ。いわば仮免許。使い手の特性に合わせてあるし、暴走するような力はないはずだ……ふむ」
ヒュン、と音を立ててオーリは杖を振った。そしていつものように指先で回すと、先の細いほうを手元にして――つまり逆向きで持った。
「この向きで使ってごらん」
「え、さかさま?」
驚きながらもステファンが手に取ると、僅かに静電気のような感触が伝わる。いつもの剣のような構えでは落としそうだ。しばらく考えた後、手首をきかせて軽く、楽器でも叩くような動きで振ってみた。
カチリ、と金属音が聞こえ、扉につけた一番小さな錠前が外れた。確かに外れた。
あんなに苦労したのに、と拍子抜けしてステファンが立つ後ろで、オーリがゆっくりと手を叩いた。
「やっぱりか。ステフ、この数か月見ていたんだけどね。どうも君の魔力はちょっと独特な動きをするようだ」
「どういうこと?」
オーリは自分の杖を取り出した。クルッと一振りで肘までの長さに伸びる。
「いいかい、魔法使いが杖を振る時、魔力は一方向へと流れを作る。たいていは、こうだ」
広い背中を向けてオーリが杖を構え、集中するように長く息を吐く。と、彼の足元から何か微細な光が集まり始めた。オーリが魔力を行使する時、たまに見せる火花だろうか。いやもっと動的なものだ。それらは体の中を渦巻きながら一方向に流れ、腕を通り、杖の先に集中する。そしてスパーク!
「見えただろ? 君は目が良いから」
オーリが笑って振り返った。ステファンは息を呑み、黙ってうなずくしかない。
『魔力』とは、理屈で説明のつかない、通常は目に見えないエネルギーだ。オーリはそれを判りやすく可視化して見せたのか。それとも本当に、ステファンの眼が良くなっているのか。自分の魔力もあんなふうに流れているのかと思うと、肌が粟立つのがわかる。
気を取り直し、師匠を真似て杖を構える。ただし逆さまにだ。あまりかっこよくはないが、そのまま振ってみる。すると杖はさっきよりも大きく振動し、中くらいの錠前が難なく外れた。
オーリはじっと見ていた。ステファンの魔力の動きとやらを再現しているのか、虚空から身体に向けて大きく円を描くように指を振り、やがて独り言のように呟いた。
「我々の多くは手放す魔法。だがステフのは捕まえる魔法。とでも言えばいいのかな」
またそんなややこしいこと言って、とステファンは眉を寄せた。
「だって聖花火祭の時は普通の持ち方で花火を飛ばせたのに?」
「花火くらいならね。でも、あれから君の力は強くなってる。これからは少し工夫がいるな。たとえば将来――」
「なーにやってんの二人とも!」
エレインが呆れたような顔を覗かせた。
「今日の午後はお客さんが来るんじゃなかった? そろそろ迎えに出なきゃ」
「そうだった」
オーリは首をすくめ、指を弾いて壊れた扉を消した。
「ステフ、話はまた後で。なにしろこわーい魔女軍団が来るからな」
そうだった、とステファンも思い出した。
今日は四月三十日。
魔女たちの特別の宴があるという伝説の日だ。
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