20世紀ウィザード異聞・2 悪魔の兄弟
いときね そろ(旧:まつか松果)
1.不機嫌な猫の顔の、その半透明の
魔法使いの日常――といっても、なにも突飛なことがあるわけじゃない。
せいぜい電球が飛び回ったり、怪力の竜人が一緒に棲んでいたり、魔女の親戚が訪ねて来るくらいだ。たまに火を操る者、人の心を読む者もいたとして、どうってことはない。
1953年の現在、魔法使いは仕事を持って善良な住民として生活しているし、食事もとらねば腹が減る。世は事もなし、当たり前に春は来る。
遅い朝食をとりながら、ステファンは冬休み中のあれこれを師匠のオーリに報告した。特に映画館の暗闇で観客の周囲に見えた
「光る輪だって? 君には見えたの?」
「うん、はっきりってわけじゃないけど、集中すれば見えた。それが面白いんだ。一人一人色が違うし、感動したり驚いたりすると光り方が変わって……あ、エレイン。
話を振られて、エレインは緑色の目をぱちくりとした。オーリの守護者を務める竜人の彼女は、同じテーブルに着いても人間流の食事はとらない。代わりに、山ほど砂糖を入れたお茶を飲んでいる。午後には楽しみ程度にマーシャの焼き菓子を口にするだろうけど。
「うーんどうだろ。ワチ族なら知ってるけど、ガイアって? 強いの?」
「いや戦士じゃなくてさ。歌って踊る双子だよ。都会ですごい人気なんだって。こう、ドレスの下から尻尾をびたーんと……」
「尻尾で戦うの? ずるーい、あたしだって尻尾があれば!」
エレインが赤毛を揺らしてテーブルを叩き、カップが音を立てて踊った。
「いやだから戦うんじゃなくてダンス」
「それより輪だよ光る輪! そこんとこもっと詳しく」
「坊ちゃん、ほうれん草のおかわりもございますよう」
ああ、騒々しいことこの上ない。
だがこれがこの家の日常だ、これが心地よいのだ。ステファンはしゃべり続け、満足するとベーコンの最後のひとかけらを口に運んだ。うまい。
◇ ◇ ◇
食事の後片付けを手伝おうとキッチンに入ったステファンは、ぎょっとして立ち止まった。家政婦マーシャの足元や流し台の前で、薄緑色した半透明の小人のようなモノたちが行き来している。
「な、なにこれ。こんな連中いたっけ」
戸惑っている間にも、半透明のやつはステファンを見上げ『皿を寄越せ』と人差し指をクイクイして合図してくる。まごついていると『チッ』と舌打ちしてから皿を取り上げ、流しに運んでいった。どうやら洗い物の手伝いをしているらしい。
「ああ、家事手伝いの妖精だよ。前からいるだろ? 冬だからマーシャの腰痛が出ないようにちょっと増員したけど」
こともなげに言いながら、オーリは食後のコーヒーなぞ淹れている。
いやいやいやいやいや。ステファンは頭を振った。
妖精にガーゴイルに小さき魔物。姿あるもの見えないもの、命あるもの無さそうなもの。ここには家の内外問わずいろんな連中が棲みついている。みんなオーリと何かしらの契約をして棲んでいるものたちだ。
なに、魔法使いの家なのだから何がいようと少しも不思議ではない。ステファンが昨年の夏初めてここに来た時には、そりゃ確かに驚いたけど。
だが問題は、その姿が『見える』ということだ。マーシャを手伝う妖精の気配は以前から知っていたけれど、ここまではっきり見えたことはなかった。
「ステファン坊ちゃんには見えるんですのねえ。わたくしにはこの子たちが見えませんもので。でも、よーく働いてくれるいい子たちですよ、はいありがとう」
のどやかにマーシャは答え、洗い終わったフライパンを妖精から受け取った。魔力のないマーシャの目にはフライパンが宙に浮いているように見えたに違いない。それを気味悪がったりせずニコニコと受け入れるのは、慣れなのか、マーシャの度量なのか。
「妖精ってもっと可愛いのかと思ってた」
ステファンは目の前を通り過ぎる半透明の姿を目で追った。
髪は無い、服もない、全身皺くちゃでどこか虫っぽく、不機嫌な猫のような顔をしている彼らには、絵本で見るような薄羽もない。忙しくステファンを避けて歩きながら、時折じゃまくさそうに黄色い目で睨んでくる。まったく可愛くない。
もしかしたら、とステファンは庭に出てみた。
以前には感じなかった数の『小さき者』の気配がする。
目を凝らしてみると、朝日に輝く霜だらけのハーブ畑に、葉を落とした冬バラの茂みに……いるいるいる、キッチンの奴らとは別種らしい半透明な妖精たちが。彼らは少し体が大きく頭が長い。共通しているのは不機嫌そうな顔だ。そして可愛くない。
「こいつらの姿も、初めて見たのかな」
いつの間にか背後にいたオーリが、コーヒーをすすりながら問いかけた。
「ええと、たぶんそう。うん、ヒキガエルのゴーストとかそういうのは時々見たし、ほんやりした影とか気配は前からあったけど。こんなにはっきり顔まで見たのは、ぼく初めてだ」
ステファンは、庭を見回して言った。今も目の前で、朽ち葉を散らかして喧嘩をおっぱじめた妖精がいる。以前なら、つむじ風が葉を散らしたくらいにしか思わなかっただろう。
「ふうむ。ステファン・ペリエリ、ひょっとして君」
オーリはそういうと、長身を屈めてステファンの顔を覗き込んだ。
「以前より眼が良くなってないか? いや視力的な意味じゃなく、魔力のほうがさ」
オーリの水色の瞳が心の奥の奥まで見透かすように輝いている。近い近い、とステファンは慌てて顔を避けた。忘れていたが、この水色の瞳はやっかいだ。油断すると心を読まれる。
画家でもある師匠のオーリローリ・ガルバイヤンは、そういう魔法使いだった。
(*ステファンが見たという『光る輪』や『ガイア・シスターズ』のエピソードは番外編 1「魅惑のテール・クラップ」https://kakuyomu.jp/works/1177354054885134857/episodes/1177354054885134870
に詳しく書いています)
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