第35話 抜け駆け

「ふぅ」


思わず深呼吸を口に出してするぐらい緊張している。医務室から強制退去命令があって30分後、また医務室の扉の前にいる。


なぜか?わからん!


だが、もう一度湧帆さんに会ってお礼がしたいと思っただけ、別にお礼だけだからね!子犬っぽい笑顔がまた見たいとか、もう少しお話したいとか、そんなんじゃないから!


なけなしの乙女を前面に出し、柄にもなく緊張している。


トントン


「はい?」


湧帆さんの声が聞こえる。願わくば石神さんが留守でいてくれと無理な願いをして中に入る。


「あら、唯ちゃんじゃないどうしたの?」


抜け駆け!!?


白衣、新渡戸女史が湧帆さんと二人で話している。願いは叶い石神さんは居なかったが、代わりにいた人が意外過ぎて気が動転する。


「な、なぜここに?」


「いえ、私が聞いているの?」


やばい、やばい。質問を質問で返してしまった。


「あぁ、そうでしたね。スキルの事とか気になって、もう一度湧帆さんに確認したくて…」


口から出まかせがよく出ます。


「そう?でも確認は後でって言われてたと思うけど?」


「あぁ、すみません居てもたってもいられなくて?」


「唯ちゃんも可愛らしいとこがあるのね?」


「そりゃ、私も幼気な少女ですからね!」


「ふふ少女なんだ。」


湧帆さんが無駄なとこに食いつき、顔が赤面するのが分かる。


「まぁ、いいわ話したいことは確かにあるし。後で同じ話するから二度手間だけどいい?」


「えぇ、もちろんそのつもりで来ましたから!」


相手が新渡戸さんなので、誤魔化せた気はしなかったが、とりあえず話を逸らすことに成功。

はぁ、慣れない事(乙女行動)するんじゃなかった。


「それで、確認したい事って?」


本当は何もありません。ごめんなさい。しかし、謝るわけにもいかず、後程話す予定の内容を前倒す以外に思いつかない。


「異空間の有無ですね。」


「あるんじゃないの?」


「一個人だけが認識したものを、現存すると証明するには困難を極めませんか?」


「確かに、信ぴょう性に欠けるわね。それで湧帆がどのくらい実感あるの?って話ね。」


そういって、新渡戸さんはベットに横たわる湧帆さんにパスを送る。


「そうだなぁ。異空間かぁ。」


「あ、そういえばいつまでも異空間だと分かりずらいから名称を付けましょう。ホワイトルームでどう?」


どや顔でいわれても、何でもいいですよ。私は、異空間のネーミングに対して適当に相槌を打つ。


「はい、じゃぁそれで。」


「つれないわね。」


「ふふふ香川さんは綾香さんの扱いまで完璧だね。すっかり軍に馴染んでるみたいで良かったよ。」


意外なところに反応した湧帆さんを見据えて、仏頂面で答える。


「でも、軍の真似事はしませんけどね」


そういって、先ほどの続きのように笑いあう。胸が締め付けられるような、それでいて柔らかい気持ちになる。


「なんか、あんた達いい感じね?付き合っちゃえば?」


おいクソババア!おせっかいな親戚でももう少し遠回しに言うぞコノ野郎。


「また綾香さんはそんな事ばっか言って、香川さんと話したのはさっきが初めてだし、見てよ能面みたいな顔してるじゃない。香川さんに失礼だよ」


しまった。つい照れより怒りが先に来た表情をしてしまった。

こうやって数多の男どもに「脈が無いと思った」と言われ続けたから、気を付けないといけない。


「あら、失礼?気が無かったのかしら?」


「いえ、そんなことないですよ。ただ、あまりその手の話題に慣れていなくて」

愛想笑い100%で当たり障りのない事を言う


「あら、どこかに猫がいるかしら?」


この人、本当に苦手です。


「ここでしょうか?にゃー」


「あら、本当だわ!?あざとい猫ね!!」


新渡戸さんを相手に誤魔化しは悪手だと判断して、開き直って乗っかってしまう事にする。見かねた湧帆さんが子犬の神様のような顔で話を戻す。


「もう、脱線し過ぎだよ。それで、ホワイトルームだっけ?そもそも定義も分からないんだけど。」


「いえ、それを聞かずに今の湧帆さんの感想がお聞きしたいと思って。」


「え?あぁ、そういう事?う~ん、光に触れた瞬間に気絶した感じだなぁ。」


「どんな気絶ですか?」


最近の私は、気絶に気絶を重ねて一家言を持つ程度には気絶に詳しい。


「どんなって?」


「例えば魔力酔いする瞬間って、あぁやべぇ、落ちる~って感じになるじゃないですか?」


でも、語彙が稚拙


「いや、どうかな?しばらく魔力酔いなんてしてないしなぁ。」


「じゃ、魔力酔いではない?」


「え?あぁ、違うかな?わからないけど、なんかスーッと気持ちよくなってぼやっとしたと思ったら意識が落ちる感じかな。実際に何秒とかは分からないけど5秒は無いと思う。一瞬に近い間だけど、意識がぼやっとするイメージはあったかな。」


「そうですか。。。新渡戸さんが大人しいと気持ち悪いですね?」


視界で真剣な顔をしてる新渡戸さんが気になるのでちょっかいをだす。


「失礼ね!私、しばらく黙ってるから唯ちゃんが尋問して」


「尋問って」


「あなたが聞くことに意味があるし、誘導に意図があるようだから邪魔しないどく。」


やはり、この人は頭がいいな。


「あれ、誘導されてる?」


「答えはないですから気にしないでください。次に意識もしくは記憶に残ってるのはいつですか?」


「記憶にあるのは、ぼやーっとした白い空間が見えて、香川さんの顔を見たっていうか…見たのかなぁ?なんか思い出した感じ?意味わからないよね?」


「いえ、恐らく正しいので続けてください。」


湧帆さんの判然としない表現にピンとくるものがあり、肯定の意を告げて話を進めてもらう。だって私は異空間改めホワイトルームには意識しかおくってないから見てはいないはず。それでも、私の顔を覚えてるのは私のイメージと共有したのだろう。そう考えると自分で自分の顔を想像して「湧帆さんを助けて~!」って言っていたのだろうか?相当気持ち悪い。


「正しいの?でも覚えてるのはそれだけかなぁ。あ!あと、「助けて」って聞こえた気がする。だから、その時は俺が香川さんを助けた時を思い出したと思ったんだけど、よく考えたらあの時はレオンに向かって無言で歯を食いしばって死んでも泣かないって顔して一言も発してなかった。すごいよね。グランフロントに来て数時間の人の根性じゃないと思う。だから、すごい強い人のイメージがあって、なんか印象が合わなくて…だから、その時に助けに来てくれたのかな?って勝手にね。」


湧帆さんはそうやって笑いかける。

私の美化イメージに対しても、ストレートな言葉と眼差しを向け誉め言葉を添える姿に恥ずかしさが隠しきれず、私は赤面しているだろう顔を逆に堂々と上げる。そうだ、照れてるときに照れてる仕草をすると、より恥ずかしいから強がるの。これが私の生きざま。


嫌な笑みで私を見るな!新渡戸!


私は、湧帆さんの自分評には触れず、話を進める。


「まず、これは湧帆さんの事なので類推ですがホワイトルーム内で恐らく意識を一瞬取り戻してると思います。」


「それはなんで?」


「まず、分かっていることは、私はホワイトルームに対して意識だけを転送させ、肉体はグランフロントに置きっぱなしでした。」


「そういえば昂暉が、あなたが気絶して焦ったって言ってたわね」


「はい、使い分けができるわけじゃないんですが…今回は意識だけでした。そこで感じたことは自己崩壊です。」


「いいわ、続けて。」

新渡戸さんはそう言って先を促す。


「湧帆さんが言ったように【ぼやー】っとする感じで、使ったことはないですが麻薬とかやるとこんな気持ちかなぁって?だから自己崩壊です。自分が壊れてく感じは思考が鈍く意識が散漫になります。これは、日本からこちらに来た時とバニシエスのゲートに干渉した時もそうだったので間違いないと思います。」


「バニシエス!?なんかヤバいのとやってるね。」


戦争の報告を詳細に聞いていない湧帆さんがバニシエスの名前を聞いて驚く。なんならカールトンに殺されそうだったけどね。私はから笑いをして誤魔化す。


「ははは、その話はまた今度にしますね。」


「一つだけ、大前提の質問をしてもいい?」


新渡戸さんにしては、珍しく話を折って質問する。


「はい」


「そもそも、モンスタープールの異空間とゲートや転移の異空間は全部同じホワイトルームでいいのかしら?」


「それ、確証はありません。石神さんが強さを感覚で測れるように私も感覚的にホワイトルームと繋がる感じです。ただ、モンスタープールとゲートは同じものでした。」


「あら、そこは断定?」


「はい、あれ入り口だけで同じものです。ホワイトルームが複数ある可能性は否定も肯定も出来ませんが。」


「なるほどね。あぁ、話を変えてごめんなさい、えーと意識が無くなるでしたっけ?」


新渡戸さんが恐らくわざと誇張した言い方で症状を言い換えたので、ほぼその通りだと返答する。


「そうですね。恐らくですが私以外がホワイトルームに入ると意識を保てないんだと思います。」


「そういう事ね。」


「私も間違いなく長時間いると意識が保てなくなります。ユニークスキルの効果で維持できてるのだと今は解釈してます。」


「じゃ、僕は何で一瞬意識を取り戻したの?」


「恐らく、私が湧帆さんを保護しようと完勝したからだと思います。ここからは状況からの推論です。ホワイトルームにはエルダーグリズリーがいっぱいいました。」


「やだ、結構怖いわね」


そうでもないよ?青いリアルなクマさんが白い空間でぷかぷかしてるだけでもん。


「はい、でも意識飛びそうでしたし、湧帆さん探すのに必死でそれどころじゃなかったですけどね。それで結果的にエルダーグリズリーの群れの中に湧帆さんが漂ってるのを発見しました。」


「ヤバかったね。もうすぐで食われそうだったのかな。」


むしろ召喚されてからのが食われそうでしたけどね。


「いえ、たぶん平気です。クマも寝てたので。。問題は今まですぐに召喚されてたエルダーグリズリーが恐らく二日間も召喚されずにホワイトルームに留まってたことですね。」


「確かに、検証が足りないから何とも言えないけど本来ならすぐに、出てくるはずだわね。」


「はい、たぶんですが召喚の瞬間に湧帆さんがゲートに干渉したためバグったのかと」


「プログラムが?」


私がVR説に懐疑的だからか、言葉尻を拾ってくる。本当にしつこい人だな。


「プログラムだとすればバグったが正しい表現かと思たんです。」


「そして…」


私はこれから冷酷な宣言をするためにひと息を入れる。


「湧帆さんの右腕はホワイトルームで消滅してました。風に舞う砂のようにさらさらと飛び散っていました。」


「そうか、だから俺の右腕。。」


「すみません、何もできずに」


「いや、命を助けてもらったのだから、謝る必要なんてないよ。きっと魔法とか義手とか何かいい方法があると思うし。」


思ったよりも、傷ついていない湧帆さんに懐の深い人だなと素直に関心をした私はさらに残酷な予想を告げる。


「義手は良いかもしれませんね。ただ、たぶん魔法は効かないと思います。」


「え?それは何で?」


私は一息深呼吸をして、話を続ける。


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