第3話 生き返った少女

「おはようございます」


誰もいない部屋に私の独り言が木霊する。


私は生き返りました。


。。。


「また、白いな。」


今度は、真っ白な部屋に白いベットに部分的に隠された白いカーテン、そして医療用の施設とわかる程度の消毒液の匂いのする白い部屋だ。


いや、死んでいるのかもしれない。これから、神様と面会してチートスキルをもらって異世界に旅立つところなのだ。


などと、途方もない空想に迷うくらいには頭の中が混乱していた。


「あら、起きていたの」

扉がガチャと開く音ともに久しぶりの声を聴いた。


人の声だ。


あれほど、煩わしくイライラするものはなかったはず。生んでくれた母以外にこれほど安心したことはなかったはず。もう、他人なんてあきらめていたはず。


その何気ない人の声は、私の乾ききった心に大量の水を注ぎ溢れるほど満たしていった。


「あら、泣いているの?」


その一言で、自分の目に涙が流れていることがわかった。汗ではない涙は本当に久しぶりだった。日々の仕事に空腹、不安、命の危機、なんなら鳩の糞だって足してもいい、色んなものが私を責め立てたのだ。見ず知らずの人に安心してもいいじゃないか。私だって、一人の人間だ。


私の中でよくわからい言い訳も溢れだす


「わ、わだしはぁヴぁだしは・・・」


「はい、はい。落ち着いてね香川さん」


もうなにも考えたくない混乱した私は、名前を呼んでくれた女性に「お母さん!!」と呼んでしまいそうなほど崩れ、泣き叫び、そして眠りについた。


ーー


どれほど、寝たかわかないが再び起きた時には、さっきの女性は部屋の中にいた。落ち着くのを待っていてくれたのか。。


さっきは、動転していて分からなかったが、二十歳を超える子供はいないだろうと予測できる、そんな若々しい人だった。20代後半のかっこいい大人の女性の雰囲気、赤いドレスのようなロングスカートは足元を隠すほど長い、そして、印象的な黒くて長い髪は腰にも届きそうなほどだ。顔つきは、端正だがきつくなく柔らかな印象だった。


「おはよう」


ぼーっと、女性を眺めていた失礼な私に声をかけてくる。これだけでも人柄良さに触れることができる。私は直ぐに返事をする。


「お、おはようございます」

ほどなくして、先ほどの行為を思い出し、阿鼻叫喚していることをボディランゲージで表していると。


「あら、もう元気そうね。大丈夫?」


と優しく声をかけてくれたことに、また気分が落ち着いてきた。何が、自分をあそこまで追い込んだのだろう。死への恐怖が引き金にはなっただろう。ただ、声をあげるほど泣くと不思議なことに、全てから解放されスッキリとした気分だった。


「そ、その、助けてくださったんですよね?

ありがとうございます」


定型的なお礼を言うと自分の混乱を整理するため

一方的な口撃がはじまる。


「あの、ここはどこなんでしょうか?

漫画喫茶で寝ていて、起きたら草原で。」


「牛の化け物が走ってきたと思ったら恐竜に襲われて」


「日本ではないと思うのですが…」


「ちょっと、待ってね香川さん」

自分の名前を告げられて、一方的にしゃべっていた事が恥ずかしくなり失速する。


それと同時に今度は一つの疑問へ、ようやく辿り着く

「あの、どうして私の名前を?」


一瞬さっきの平原は夢で、誘拐されたのかと不信に思ったが、体に残る草の香りに、それも違うかと思い直した。


すると、彼女は少しおどけたように言った。


「あら、失礼しました。あなたが、草原のど真ん中で自己紹介していたので、本名だと思ったのだけど、違うのかしら?」


顔から火が噴くとは、よく言ったもんだ。

血を吐きそう。


「それとも、唯さんの方がよいかしら?」


急に下の名前というのも気になったが

特にこだわりもなかったので了承の意を示した。


「それで、お願いします」


すっかり萎縮した私に、彼女は簡単な説明をしてくれる。


「そうね、あなたが言ったように、ここは日本ではないわ。多分が付くけれど」


遠回しの言い方に検討もつかなかったが、私は彼女のウィンクにイチコロさんだったので気にしない。いたいけな少女を危ない世界に引き込んだことを気にも留めず、彼女は話を続けていく。


「異世界という認識で基本的にはあっているけど、真相はわからない。その辺と私たちの事を合わせて説明をしたいのだけれど。。。一応この組織のトップと面会をして一緒に説明を受けてほしいの大丈夫かしら?」


「って、私たちのことを知ってほしいと言っておいて自分の名前も言っていなかったわね。一方的に名前を知っていたから妙な親近感が湧いてしまって」


「私の名前はチェスタリー・イオン・グランバードよ。この組織のサブリーダーで炎系の魔法使いなの。こちらでは紅焔の魔術師なんて呼ばれたりもするわ。」


「あ!あの、日本人ではないんですか?」


「違うわ」


咄嗟の質問に後悔する。草原で公開自己紹介もそうだか、異世界にいる自覚がない。なんでもできちゃう勇者でなければ、チートスキルもないのだ。もう少し慎重に行動しなければならないと痛感する。


私の、心を見透かすようにイオリさんはじっとを私を見ている。


「ふふ、嘘よ」


「ど、どの部分ですか?」


異世界にきて得たスキルはすぐに声がどもることだろう。


恥ずかしい


「いや、嘘は言ってないか。元日本人。今、この世界をグランフロントと呼んでるんだけど、こちらの貴族様の妾なの。色々と都合がいいからね。」


「本名は、斎藤伊織というの斎藤の姓は訳あって名乗ってないからイオリと呼んでね。」


「えーと、イオリ様はなぜこのような場所で」


「はははは!」


爆笑しだした。


「日本人だって言ったじゃない。そんな言葉使いしなくたって平気よ」


泣いている。私とは違う侮蔑の涙だろう。

私も泣きたい。


「このような場所で?どんな質問?ここがどこかもわからないのに?あぁ、おかしいわ。唯は変な子なのね。」


ひとしき、笑い終わり説明が続く。


「そうそう、私の話だったわね。私はおそらくこちらの世界に転移した最初の日本人。」


もう何も驚かない。


「そうね、もうこちらに来て20年になるわ」


「20年。。。そんな幼いころに転移してきたんですね…」


「へ?あれ・・・」

「あ!私もう37歳のアラフォーよ?何歳だと思ったの?はははは」


「37歳!?」


驚いた。


「はははは、そうそうこっちは整形魔法とかあって容姿と年齢が釣り合わないことが多いから気を付けてね。幾つだと思ったの?」


「26,7かと」


2歳ほど若めにいうのがコツだ。


「いい子ね!唯はいい子。全面的に守るわ。わたし整形魔法は使ってないの。ちょっといい気がしなくてね。メイクと美容だけで頑張ってるの」


「神だ。。。いや、女神様!?」


いや、美魔女か。。。


「私。。。あなた事が大好きだわ。」


私の2年間の営業テクは無駄ではないらしい。この、誰も味方のいない土地で二つ名持ちの魔法使いに目をかけてもらう。どの世界でも大事なのは処世術なのだと痛感する。


ーー

とりあえず、組織のトップと面会するとのことで

移動することにした。


「ふふ、新鮮な反応ね。」


「何がですか」


「この建物・・・廊下!どう思う。」


「え!?」

試されてる?


「そうですね。建築には詳しくないですが。。。この木の光沢といい模様といい細部にわたるデザイナーの心意気を感じる荘厳な廊下は」


「あははははは!!」


爆笑。とうとう頭に【あ】がついた。


「違う違う。異世界の人達がここに来るとね。王宮かと思うような作りなんだって。」


「実は今回、転移された人はおそらく3人で5年ぶりなの、久しぶりに現代建築をわかってる人の反応だなって、でも、作った本人も後で会えるから、同じセリフを言ってあげると良いよ。喜ぶわ」


「心意気を感じる荘厳な廊下だって、あはははは」


・・・

私の営業テクなんてこんなものさ。しかも生産系チート済み。。。私はやっぱり平凡な人間なのね。


そうこうするうち部屋にたどり着いたようで扉をあける

トントン


イオリさんが慣れた手つきでノックすると中に入っていく

「入ります。こっちよ」


ここまで、日本的な建築物や大和撫子のおかげで、何の違和感もなく飲み込めた現実を今まさに全否定する。


目の前には、赤色長髪全身ムキムキ半裸男が天井から逆様になって腹筋をしている。


ふんふんふんふんふん


きもい ここは異世界だ。




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