2.立ち向かえ! 愛と正義の魔法少女

2-01

 マジカルチェンジ、なんてありきたりな文句を口にする。


 ピンクと白の眩い光が広がり、繭のように私を覆った。次第に繭は糸の束に変わり、私の身体に巻きついていく。光が弱まり、糸の束はピンクをメインに所々に白が飾られた、ふりふりのドレスチックな衣装に変化する。胸元にルビーが輝き、手には白のドレスグローブ、足には白いニーソックスとピンクの低いヒール。その姿は黒歴史ノートに描いた、私の妄想そのものだった。


「お、おぉ!!」


 魔法少女そのもの。ちょっとスカートが短いのが難点だけど。この際目を瞑る。


 力が漲る。魔力が力強く、淀みなく身体の内側を循環しているのがわかった。


「うん、良い感じだね、力も制御できてるよ。じゃあこのまま能力の確認をしていくよ」


 プリティコメットの強みは、その出力にある。一点集中、拡散、大規模と切り替えられる攻撃。常時展開されているシールドと意識的に展開する強固なシールド。瞬く間にトップスピードに至る機動力。そして、飛行能力。


 大艦巨砲主義。小型化が主流のいまじゃ時代遅れだけど、大は小を兼ねるのだ。過剰火力? たしかにそうかもしれない。でも足りないよりはマシだ。相手の能力が未知である以上、過剰なぐらいがちょうどいい。


 それに、私の妄想は最強の魔法少女なのだから。


 妄想を再現するためにも、力の出し方を理解しないとだめだ。攻撃にしても防御にしても、中途半端になれば命取りになる。


「魔法の仕組みについて補足しよう。魔法は想像力で発動するけど、毎回同じ想像をするのは難しい。換言するならば、ひとつの魔法を行使するとき、十回使ったら十回同じ効果がでるようにイメージを定着させる必要があるんだ。そのためにボクたちは魔法とキーワードを繋げて効果を固定する。名前を口にすることで、その魔法のイメージを記憶から呼び起こすんだよ」


「うん? じゃあ技名を叫ぶってこと?」


「まあ、叫ぶ必要はないけど、口には出したほうがいいかな。名前と魔法を繋げる。自己暗示だよ。これで暴発や不発を抑えられる。使いたいときに使いたい効果を発動させる、これは戦闘においてなによりも重視される要素だろう」


「なるほど、じゃあスターライト出すときもこれからは口に出したほうが良いんだね」


「そうだね。それから、プリティコメット状態の機能も改めて意識しておいてほしい。常時展開のシールドと肉体強化、感覚強化、飛行能力。これらはプリティコメットに付随している。常に発動している能力だとしっかり認識してくれ。じゃないとただのコスプレになってしまうからネ」


「わかった。先に衣装の確認するよ。もし機能がなかったら後から組み込むこともできるの?」


「できるけど、機能自体はちゃんとあると思う。そのスイッチが入るかどうかの問題だ、そこを練習して感覚を掴んでよ。いまは早く魔法の訓練をしたい。どうしてもスイッチがダメなら諦めて、魔法の確認をしたほうが良い。重要なのは正確な能力の把握だ」


 なにができて、なにができないのか。たしかに、手持ちのカードを確認するほうが重要か。なにぶん素人なのだ、魔法にしても戦闘にしても。できないことを減らすより、できることを伸ばすほうが良い結果をもたらすだろう。


 目の前の机に飛び降りてクロは言った。


「魔力は離れても繋がってるから安心していいよ。さてボクは結界とキミを繋ぐ作業をする。キミも確認を始めてくれ」


 それから、身体を動かしてプリティコメットの能力をひとつひとつ試していった。


 肉体強化ではとにかく力が強くなっていて、机ぐらいなら紙を破くみたいにちぎれるし拳をぶつければ黒板が真っ二つになった。跳躍力と瞬発力もすごくて、教室の端から端を一瞬で跳べるし走れる。なおかつ思い通りに止められた。


 感覚強化は、それぞれ意識した五感が強くなる。しかも過敏になるわけではなくて、例えば電灯に視線をやっても必要以上に眩しくはならない。目や耳に不可視のフィルターがあるイメージ。必要な情報を必要なだけ掬い上げてくれる。思ったより便利な能力だ。


 問題は飛行能力だった。端的に言うと天井にぶつかり壁にぶつかった。繊細な制御が必要で、少なくとも室内では飛ぶことは諦める。練習する時間があれば良かったけれど、すぐに制御できる気はしなかった。ただ、不可抗力だけど、常時展開のシールドが機能していると判明したのが不幸中の幸いだった。


 全力で壁に向けて飛んでみると、壁をぶち抜いて隣の教室に転がった。気を抜くと飛行能力は解除されてしまう。ただシールドは健在だった。無傷どころか衝撃もこなかったので、このシールドにはそこそこの強度があるらしい。もっとも、攻撃魔法に対してどの程度の耐久力があるか試せないから過信はできない。


 ひと通り試した感じでは問題なく思う。いや、問題があるとしたら実戦でどこまで制御できるか、あるいは通用するかだろう。昨日の戦闘を見る限り、ある程度似たような能力は相手も持っていると考えるべきだ。つまりフィジカルでの条件は同じ。あとは魔法次第、と言いたいところだけど、この運用部分で私は劣ってるわけで。


「プリティコメットとしては大丈夫。飛行能力はまだ使いものにならなそうだけど、まあ仕方ないか。あとは攻撃魔法と防御魔法を確認して、どこまで使いこなせるか、だね。あとスターライトの扱いにも慣れないと」


「まあ使いながら慣れていくしかないよ。とにかくいまはイメージのブレをなくすのとイメージ構築を早くするよう意識してほしい」


 魔法全般はスターライトを媒介に行使される。たぶん、本来ならそんな縛りは必要ないと思うけど、設定がそうなっている以上、すぐに改善はできないだろう。それにプリティコメットの機能を確認して気づいたが、道具を使う感覚が想像力の補助をしているようだ。試しに変身を解いて試したけど、能力は発動しなかった。


 道具さえあればなんでもできる反面、道具を失うと魔法の行使に著しい制限がかかる。これも訓練次第で克服できそうだが、残念ながらその時間はない。


 いまはそれで良い。とにかくプリティコメットの機能とスターライトを用いて魔法を使う。これだけ理解していれば不発はなくなるし、立ち回りも見えてくる。


 さて魔法だ。やっと本題に入れる。黒歴史ノートに綴った魔法はたくさんある。ただ、そのすべてを使い分けて戦うなんて、そんな器用なことが私にできるとは思わない。


 補助魔法とか妨害魔法は諦める。必要なのは近距離と中遠距離の攻撃魔法、強力な防御魔法。あとは、いざってときのための必殺魔法。うん、必殺技って響きが良い。これは外せない。


「よし、まずは近距離から。ムーンライト!」


 近距離魔法ムーンライト。スターライトの先端から魔力の刃を発生させる、単純な魔法。イメージどおり光の剣が現れる。あまり長いと取り回しが難しいから、基本は三十センチぐらいに調整して使おう。机に向けて振り下ろす。難なく斬れた。


「格好いい!」


「おお、剣だ。魔力の流れが綺麗だし、良いね。見込んだとおり才能あるよ。何度か試して平気そうなら次にいって大丈夫だろう」


 一度解除してムーンライトを発動しなおす。まったく同じ剣が現れる。念のためもういち度。同じ剣が現れた。これなら発動は大丈夫だろう。


 長さに慣れるため振り回す。机が豆腐みたいに斬れる。細々と刻まれた机の残骸は、どう見ても机には見えない。恐ろしい斬れ味だ。


 途中隣の机にスターライトをぶつけた。長物の扱いは難しい。机は真っ二つに割れていた。力加減も難しい。


 ムーンライトを振り回して気づいたけど、近距離ならスターライトで力一杯殴ったほうが早いんじゃないか。割れた机を眺めて考える。まあ殴るのと斬るのとでは用途が違う。損することはないと信じたい。


 そもそも近距離戦は避けたほうがいいかもしれない。なにせ私は戦った経験がないのだ。当然、戦闘という意味ではなくて、スポーツにせよ喧嘩にせよ、人と争った経験がほとんどない。授業で勝敗をつけることはあっても、正直勝とうと思ったことがなかった。

 私は臆病だ、どうしようもなく。


 一時的にしても、復元されるにしても、私に他人を傷つけられるのか。


 傷つけるだけの勇気を出せるのか。


 残酷になれるのか。


 やめよう。考えたら動けなくなりそうだ。これはゲーム。相手はこちらの気持ちに関係なく襲ってくる。やらなければやられる。


 よし、口にして思考を切り替える。そう信じ込む。確認作業に戻ろう。


 中遠距離魔法シューティングスター。スターライトの先端から光弾を撃ち出す射撃魔法だ。発動すると魔力が装填され待機状態になり、「ショット」の言葉につき一発ずつ光弾が射出される。


 他にも、散弾を撃ち出すスプリット、着弾時に爆発するバースト、高威力で長射程のスナイプ、それぞれのワードを口にすることで特殊弾を射出できる。


 同じ構えから短いワードで違う攻撃が飛んでくるなんて、なかなか厄介な魔法だと思う。私なら相手をしたくない。対応は難しいはず、初見殺しもいけるんじゃないだろうか。


「シューティングスター」


 スターライトを片手に構える。先端に細かく魔力が集まっていく。


「ショット」


 割れた黒板に向けて試し撃ち。拳大の光弾が射出される。衝撃や反動はなく、おおよそ狙った位置に着弾。黒板と壁を貫通し隣の教室に繋がる穴を穿った。


「うん、イメージどおり、かな」


「なるほど、これなら連射もできるし、一度発動してしまえば切り替えるまで発動しなおす必要はないんだね。良いアイデアだ」


「さすがにシューティングスターは長いしね。特殊弾も試してみるね」


 スプリットは十二発の小さな光弾が直径一メートルぐらいの範囲に着弾。やっぱり壁を貫通していたけど若干威力が落ちているように思う。


 バーストは通常弾と同じ大きさの光弾が発射され、壁に着弾すると直径一メートル程度に膨張、すぐに集束して範囲内を消滅させた。威力は上々、ただ貫通力はないからわかっていれば対処は難しくなさそうだ。


 スナイプは通常弾よりひと回り小さな光弾が高速で発射、壁を貫通していった。視力強化で穿った穴を覗くと、三室先まで貫通していることがわかった。しかしよく考えたら、狙撃って難しいんじゃないか。しかもおそらく肉体強化は相手も使うわけで。ううむ、使う機会ないかもしれない。


「スナイプは狙撃よりも中距離で使うのがいいかもね。これだけ魔力の密度が高いと防御にも苦戦するだろう。不意をつければ貫通させることも可能なはずだよ」


「あーやっぱり、みんな防御魔法は持ってるんだね……」


「もちろん。逆に言えば、防御魔法を使いこなしているから彼女たちは生き残っているんだ。肉体強化魔法もある程度は使える。脱落者はその点が甘かった。如何に攻撃魔法が強力でも、常に先手を取れるとは限らないからね」


「たとえば、直接身体の内側に作用するような魔法でも防御できるの?」


「できる。と言うより、他人に直接作用するような魔法は大抵効果が出ない。身体を巡る魔力が無意識に抵抗するんだ。これは攻撃に限らず治癒作用のある魔法にも言える。自分を治すことはできても、他人の治療は難しい。肉体はね、ある種の結界みたいなものなんだよ」


 攻撃魔法は物理的な攻撃に近いのか。もしいきなり身体の内側を爆破されたらどうしよう、なんて心配したけどどうやら杞憂だったらしい。


「ありがとう、それがわかればひと安心だよ」


 とにかく身体の周りさえ守ればいい。余計な機能は必要ない。


「ペンタグラム」


 スターライトを床につきつける。私を中央に据えて、足元に輝く五芒星が浮き上がった。五芒星の五つの角から頭上に向けて光が真っ直ぐ伸び、私を囲うように二メートルほどの高さで交わる。できあがった五つの面はうっすらと揺らぎ、魔力が壁を作っていることがわかり安心した。


 結界魔法ペンタグラム。ガラスの籠のような結果は単純な強度ともに、内界と外界を隔絶させており、たとえ結果が破壊されても貫通して自分に攻撃が届くことはない。欠点は移動できないことと、こちらの攻撃も届かないこと。あくまで守るためだけの魔法。


 結界の話を聞いて元々の設定からちょっと変更したけど、なんとかうまくいった。ただ強度確認はできていないし、過信は禁物。結果を破り効果が持続するような攻撃であれば、ダメージを負うのだから。


「どう、かな?」


「……素晴らしいよ。うん、まさか結界を発現させるとは思ってなかった、目の悪いボクを信用してくれるならの評価だけど。冗談は抜きにしても安心していい。良くできてる」


「いや、クロに目ないじゃん……」


「これこそまさに見る目無し、だネ」


「やかましいわ」


 くだらないやりとりを交えつつも、クロのお墨付きをもらって安堵する。まあ、上位存在のお世辞みたいなものなんだろうけど、ないよりはマシである。少なくとも酷評されなかったのだから、一応及第点ということにしておこう。


 残るは必殺魔法コメットメテオ。必殺技。それは正真正銘、最大火力をぶつける技であり、こちらの消耗を度外視した一撃必殺魔法。ネーミングがアレなのは目を瞑る。設定通りなのだから仕方がない。


 スターライトの先に全力で魔力を集束。相手の頭上から叩きつけ抑えつけた魔力を一気に放出する力技だ。


 幸い魔力はクロ持ちであり、私の負担は少ない。これ連発したら勝てるんじゃないか。


 スターライトを両手で握り、前に突き出す。身体を緩やかに循環する魔力を活性化させ、スターライトの先端に集め、無理やり抑えつけていく。


 轟々と唸りをあげ煌めきを増していく魔力の塊。


 もっともっともっと。唱えると頭のなかでちりちりと熱を持ち、スパークを飛ばす錯覚があった。気にしない! なにせ必殺技だから!


「ちょっと待った!! そのままイメージを崩さず」


 珍しく焦った様子のクロ。さすがに無視するわけもいかないので、魔力を込めるのをやめ集中を切らさないように意識を張る。


「必殺技なんだけど、問題ある?」


「これ以上、魔力を込めるのはダメだ。いいかい、ゆっくりほどくように力を緩めて、魔力を逃して。焦らなくていい、魔力を込めた倍以上の時間をかける感覚を持って、ゆっくり優しくだ」


 言われたとおり、たっぷり時間をかけて力を緩めていく。クロがなにに焦っているのかはわからない。しかし、重要なのは私より魔法の扱いに長けたクロが焦る状況にあるということ。素直に従うほかなかった。


 次第に魔力の塊は力強さを失っていき、しばらく経つ頃にはシューティングスターと変わりない、拳大にまで萎んでいた。


「もう大丈夫。それは放っていいよ」


 廊下側の壁に放り投げる。破裂音とともにぶつかった周辺の壁が崩れた。


「説明はしてくれるんだよね」


「簡単な話さ、今日初めて魔法を使った唯の身体は、まだ魔力に慣れていない。いきなり大量の魔力を流すと相当の負荷がかかるんだ」


「えぇ、じゃあ必殺技はなしなの……」


「今日のところは使用を控えてほしい。明日以降なら、いまボクがとめた魔力で日に一発なら一応耐えられると思う。ただ、それだと動くこともままならない、なんてことになりかねないから、できれば半分程度に手加減してくれると安心だ」


「それじゃあぶっつけ本番になっちゃうよ、一回ぐらい練習できないかな」


「楽観視させるようで言いたくないけど、唯にはセンスがある。それも、ボクが見誤るほどのね。だから、必殺技はぶっつけ本番でも確実に成功すると言ってもいい。それにその魔法は消耗が激しすぎるんだ。疲れた状態で戦うのは愚策じゃないかな」


 きっとクロの言葉は正しい。たしかにコメットメテオを発動準備に入ったとき、頭のなかがちりちりと焼けていく感覚があった。たぶん、発動していれば無傷とはいかなかったと、なんとなく理解できる感覚だった。


 でも、一度も発動してない魔法をいきなり使うなんて、博打が過ぎる。こちらにも反動のある魔法だ、もし倒しきれなかったら詰む。使いどころが重要なのだから、確認したいのが本音だ。


 困惑が顔に出ていたらしい。クロは茶化すように言う。


「大丈夫、いざとなったら覚醒するよ。キミは最強の魔法少女なんだから」


「無責任だなぁ……それで、一応準備はできたけど、どうするの?」


「まだ十五分ほどあるから反復練習してもらう。その後の方針はキミに任せる。ボクはボクでやることがあるしね」


「雑過ぎでしょ。言っても魔法少女歴一時間もないんだよ、私」


「だからだよ。指示どおりにキミが動けるとは限らないし、そもそもボクが適した指示を出せるとも限らないんだよ。お互い混乱するだけだ」


「あー、スペック違いすぎるもんね。たしかにクロの感覚で指示されてもついていける気がしないもん」


 百メートルを三秒で走れ、なんて言われても実行できない。そこまで隔絶してるかは知らないけれど、前提条件の認識が違うのだ。そう意識していても、ふとした瞬間に忘れてしまうことはあり得る。


「そういうこと。いざとなればアドバイスはするよ」


「わかった。その代わり文句は言わせないからね」


「キミの対応に口出しする気はない。好きに行動してくれればそれでいいんだよ。たとえ戦わずに負けたとしても、ボクにキミを責める権利はないんだから」


「はいはいそうさせてもらいますよ」


 それから十五分かけて魔法の確認と、イメージ構築に努めた。まだまだ発動速度に満足はいかないけど、できることはやったと思う。


 見返してみると整然と並んでいた机はぐちゃぐちゃに壊れてるし、窓側以外の壁は穴だらけ。教室壊しまくったな、私。瓦礫と机の残骸を眺めて、つくづく魔法の常識外の破壊力を思い知らされた。


 チャイムが鳴る。始まりの合図らしい。


 廊下に出る。


 教室ふたつ先に、


 黒衣の魔法少女が立っていた。

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