第39話

小樽に佐倉の恩師のような人物がいることを突き止めた捜査本部は、直ちに捜査員を派遣した。

所轄の小樽東署の刑事たちはペンションを現地確認を既にしていた。

江畑は道警の太田管理官に直訴した。

「私たちも現地に行かせてください」

「それは良いですが、あくまでも主体はうちと所轄ですから」

「もちろんです。けっして前に出ることはしません」

江畑と岡本は道警の刑事の運転する車で小樽に向かった。

「江畑さんは小樽に行ったことはありますか」

「ないね」

「自分もです」

「観光地で有名ですよね」

「今は外国の観光客が多いです」

道警の刑事が運転しながら口を挟んだ。

「いまどきどこでも外人ばかりだな。この前浅草に行ったら外人ばかりでびっくりした」そんなことを話ながら1時間くらいで小樽市内に入った。

「札幌と小樽は近いんですね」

「そうなんですよ。だから小樽で泊まる人が少ないので、ホテルも少ないんですよ」

小樽の街中に入ると、運河があり、そこには観光客で溢れていた。

運河から国道を外れて駅に向かう途中に小樽北署があった。

三人は、刑事課に入った。

多くの捜査員は捜査で出払い、課長だけがぽつんとデスクに座っていた。

江畑と岡本は課長に仁義をきり、再びクルマに乗って現場に向かった。

市街地から山の方に上っていくと、住宅街の外れの道があり、山の中腹に向かう急な坂に入った。

目指すペンションは山が開けた中腹に位置をしていた。

古い洋館の建物だった。

入り口にはイタリアの国旗が掲げられていた。

「明治時代に小樽の金持ちが作った別邸を今のオーナーが買い取って、イタリアレストランとペンションというかホテルのようなものを作ったようです。地元では評判の本格的なイタリア料理を出すようです」

クルマはそのペンションを通り過ぎてさらに坂を上っていった。

数十メートルも行くと道が開けた広場のような場所があり、そこにはワンボックスカーが停まっていた。

張り込み専門の警察車両だった。

江畑たちを乗せたクルマはその隣に停車させて江畑たちは降りた。

目の前には遥かに小樽港が見えた。

非常に美しい光景だった。

秋の初めの澄み切った空気が、夕方に近づいて太陽が山に隠れて江畑たちのいる場所には陽が当たっていなかったが、港には当たっており、青い空とオレンジ色が少しかかった港町の色合いが素晴らしかった。

ワゴンから男が降りてきた。

「小樽北署の石立です」

「警視庁の江畑と北千束署の岡本です」

「張ってから5時間経過しましたが、まだ人の出入りはありません」

「客は来ないのか」

「平日ですから、これから客が来るのではないかと」

「ペンションには従業員はいないのか」

「どうやらオーナーひとりでやっているようです。午前中は掃除をしに来ているパートのおばさんがふたり来ているようです」

「どうします」

岡本は江畑の横顔を見ながら聞いた。

「しばらくいさせてもらおう」

山陰に消えた太陽の光はどんどん下がって、空の色も濃くなってきた。

遠くの埠頭に停まっている船が点灯を始めた。

そこはまだ山の中腹で、山の上には大きな集合住宅があり、そこの住人と宅配便のトラックがたびたび通り過ぎていった。

江畑と岡本は佐倉の恩人だという小樽のペンションを張り込みしている所轄のクルマに乗っていた。

その日は札幌から小樽まで来て、午後4時から10時ころまでいたが、客が一組入っていっただけだった。

1階がレストランになっていて、2階は客室になっている。

2階は宿泊客の部屋だけが電気が付き、そのほかの部屋は暗いままだった。

「佐倉はここにいるのでしょうか」

「調べでは、北海道に他に頼れる人間はいないようだからな。北海道にいればの話だが」江畑はため息をついた。

その日は、大人しく札幌に帰る以外にはなかった。

次の日の朝、江畑は上司の矢作に電話をした。

「一回こっちに帰れ。報告書を提出してもらわなければならない」

「東京の捜査はその後どうなっていますか」

「殺人現場の特定に時間がかかっているが、もうすぐだ」

「じゃあ、今日の飛行機で帰ります」

江畑は別の部屋にいる岡本に電話をした。

「今日帰るがあんたはどうする」

「自分も帰ります」

二人は、午後1時発の羽田行きの便に乗って、江畑が警視庁に着いたのは午後5時すぎだった。

捜査一課の部屋に入ると立ち上がった刑事がざわざわしていて、江畑は一瞬入るのをためらうほどだった。

矢作係長が江畑の姿を確認するとすっ飛んできた。

「今入った連絡だが、小樽のペンションに佐倉らしき人物がいるということだった」

「身柄はとったのでっすか」

「いやまだだ。朝だったのだが、望遠レンズで客室を見ていた所轄の刑事が佐倉らしき男がカーテンの陰から外を見ていたということだ」

「確認は取れていないということですか」

「まだだが、これから踏み込むみたいだ」

「えっ」

江畑は思わず口を塞いだ。

「ふざけるな、何で俺が帰ってから動くんだ」と叫びそうだったからだ。

「江畑くん、もし佐倉の身柄が取れたらまた行ってくれるか」

「もちろんです」

報告書の作成でパソコンに向かっていると、また矢作の声が聞こえた。

「道警が踏み込んだが、佐倉の姿はなかった」

江畑はまた愕然とした。やはり見間違いだったのだろうか。

道警の太田管理官に電話をした。

「踏み込んで館内をくまなく捜索したが、佐倉の姿はなかった。明らかにミスだ」

「そうですか、残念です。張り込みは解くのですか」

「いや、継続する。ただ、ペンションのオーナーが怒りまくっていて、弁護士を通じて抗議してきているので今度は失敗が出来ないので」

道警も追い詰められていると感じられた電話だった。

その日の夜、官舎に帰ってひと風呂浴びてビールを飲んでくつろいでいるとスマホが鳴った。

「殺人現場が特定された」

矢作からだった。

「どこですか」

「世田谷区の古いマンションの空き室だ。

佐倉には土地勘がある場所だった。

鑑識が現場検証している最中だ。お前は出張の疲れがあるだろうから、自宅で待機しろ」

久しぶりに飲んだビールの酔いが染みてきていた。

疲れが一気に出てきているようだった。

3本目のビールを飲み終わったたら、倒れこむようにベッドに横になっていた。




#41に続く。













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