第34話

捜査本部は、馬橋と佐倉の接点探しにやっきとなった。

当直の刑事たちは12人がいたが、江畑と岡本の指示により、関係者に電話をかけまくった。

馬橋の会社関係者、白井に紹介してもらった北海道犬の関係者などにが対象だった。

だが、なかなかその手がかりのきっかけさえ難しかった。

午後11時を過ぎたころ、管理官はほぼ諦めていた。

「もう夜も遅い、相手先に迷惑になり問題化されたらまずいから終わりにするか」

江畑は手も足も出ない現実にはらわたが煮えくり返るような気持ちだった。

「数時間で探そうなんて無理だったんですよ。明日の馬橋の調べに期待しましょうよ」

岡本は疲れが溜まっていた。

北海道に渡ってから5日間、睡眠時間は片手で数えるほどだった。

朝から昼まで捜査に駆け回り、その間に捜査会議、報告書の作成、本庁への連絡、所轄の上司への報告、そして夜遅くまでの捜査会議。

所轄でも、殺しのような大きなヤマではこういう状態は当たり前で、その状態は1ヶ月以上続くこともあったのだが、北海道のような遠く離れた場所では、疲労感は倍増するのかも知れない。

「確かにな。無理をして我々が壊れたら元も子もないからな」

管理官は、午前0時で捜査員に休憩を求め、休養するように指示をした。

午前9時に馬橋が札幌中央署に出頭した。

取調室に江畑と岡本と対面した馬橋は深く頭を下げた。

「昨日は申し訳ありません。わたしだけの判断ではお話できないので、皆に相談してきました。私が知っているすべてのことをお話しましょう」

江畑は期待に胸が高まった。

「私の飼っている犬はアイヌ犬です。遠い祖先から受け継いだ正統なアイヌ犬です。今の北海道犬とは違います」

「どう違うのですか」

馬橋のもったいぶったゆっくりした話し方に水を差すように江畑がせかした。

「血統が違います。私の祖先は古墳時代に樺太から北海道に渡ってきました。そのときに連れてきたのが、私たちが飼っているアイヌ犬です」

「あなたたちは、なぜ都会に近い住宅地に、アイヌのコタンのようにくっついて暮らしているのですか」

「それは秘密を守るためです。そのためにお互いに隣同士になりお互いがお互いを悪い言い方をすれば、監視しあっているのです」

「秘密は犬のことだけですか」

「私たちはアイヌであることも隠しています。それはなぜかというと、今のアイヌの人たちは私たちから見ればアイヌの魂を忘れたただのアイヌのふりをしている人です」

「だからあなたたちはアイヌのふりをするのを止めたということですか」

「そうとも言えるし、そうとも言えません。別に私たちはアイヌを日本から分離して独立したいというような政治的な思想はありません。アイヌの心はアイヌ古来の服装をして、伝統文化を再現することがなくても、心はいつも「カムイ」(神)とともにあればそれでいいと思っています。アイヌはご存知のとおり文字を持たない民族です。語りだけですべてを伝承してきました。それはやがて滅びます。私たちのことを調べて文字にしてくれた学者さんは多いですから、そうした文字は残ります。だがそれはあくまでもアイヌ以外の人たちの伝聞にしか過ぎない。アイヌ語だって同じです。いま、アイヌ語を話せる人はごく少なくなっています。日本人の研究家はアイヌ語を話せる人はいるのですが、その人たちの後継者もいません。数十年後にはアイヌ語はあきらかに滅びます。そんな状況のなかで我々のようなものがいくら主張しても、日本人の心にはもうアイヌ人に対する興味がないんです。だから自分たちは無理にアイヌであることを主張することの意味を失いました。それより、先祖代々引き継がれてきたアイヌ犬の血を守ろうとしているだけです」

江畑は馬橋の言葉に一言一言頷いた。

馬橋の主張が間違っていないことは分かる。

だが、佐倉のことはどうなるのか、そのことを早く聞きたかった。

「北海道犬の繁殖家のところにいた佐倉という男は知っていますか」

「そのことも考えたし、皆に聞いたのですが、我々との接触はありません。ですから知りませんという答えになります。ただ、日高にいるある人に我々のことを聞いてきた男がいると聞いたのです」

「それはいつのことですか」

「2週間ほど前のことです」

江畑と岡本は顔を見合わせた。






#36に続く。





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