第33話

午後6時すぎ、会社から馬橋が出てきた。

江畑たちはすでに待機中のクルマから出て馬橋が出て来るのを待っていた。

「馬橋さんですね」

馬橋はいきなり進路を塞ぐように現れた男たちにたじろいだ。

顔には明らかに恐怖心が表れていた。

「はい、そうです」

「私は警視庁の江畑と申します。少し時間をいただいてよろしいでしょうか」

馬橋は「議員さんの殺人事件には関わりがないことは自分のアリバイで証明されているだろ」と怒りたくなったが、ぐっとこらえて江畑の指示に従って、ビルのよこにある駐車場についていった。

「あなたが飼っている犬について教えていただきたい」

江畑は驚愕した。そのことは死んでも話せないことだったからだった。

「・・・・・・」

下を向いてしまった馬橋の態度に手ごたえがあった。これは確かに濃勘がある。突っ込まなければならない。

「どうして話せないのですか」

「・・・・・・」

「協力していただけないと、令状で犬を押さえなければならなくなりますよ」

その言葉に馬橋は激しく反応した。

「どうしてそうなるのですか。私がどんな犬を飼おうが自由でしょう。しかも、私の犬を差し押さえるとはどういうことですか」

「興奮しないでください。これは捜査なのです」

「だから私は議員の殺人には何の関係もありません」

「それだけではないのです。あなたは佐倉という男を知っていますか」

「知りません」

馬橋は即答した。その態度に江畑はますます自信を深めた。「この男は佐倉のことを知っている」

江畑のとなりに立っていた岡本が口を開いた。

「東京でも犬の関係者が殺されていましてね。それが北海道犬の関連があることが捜査で分かっているのです。だからあなたの飼っている犬がどういうものであるかを知りたいのです。あなたは白岩さんに北海道犬であると言われましたね」

馬橋は白岩に北海道犬と言ったことを後悔していた。

思わず気が緩んでいたのだろうか。直後には後悔したのだが後の祭りだった。

しばらく無言の馬橋に江畑が激高したい気持ちを抑えながら落ち着いた口調で語りかけた。

「事態を大事にしないうちに協力してください。そのほうがあなたにはいいでしょう」

「少し考えさせていただけませんか」

「それは出来ません。今なぜ答えられないのか理由を言ってください」

「・・・・・・」

「では、署までお願いできますか」

「今すぐには行けません」

「何故ですか」

「それは言えません」

「ではいつだったら良いのですか」

「明日になったらこちらから警察署に行きます」

「それは困ります。佐倉と連絡をとる可能性を疑っています。ですから、あなたが何も協力しないまま自宅に帰ってもらうわけにはいきません」

「では犬のことを話せば良いのですね」

「他のことも聞きたいですから」

「法律的な根拠を聞かせてください」

江畑は緊張した。現段階では強制的に馬橋を足止めすることもできない。

任意での警察署への同行も上司に許可を取っていない。

かっかきている岡本を制するように江畑は馬橋に帰ってよいと伝えた。

早足で去っていく馬橋を見送っていると岡本はどうしようもない悔しさをにじませた。

「行動確認で貼り付け。明日は所轄に出頭するのというからその言葉に期待するしかないだろう。ただ、もし馬橋と佐倉の接点が今夜中に分かればその時点で任意をかける」

江畑は捜査本部に連絡を入れた。





#35に続く。



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