第32話

捜査本部に戻った江畑と岡本は、管理官に白井から聞いた話をして、事件の核心部分は、アイヌ犬らしき犬を飼っている馬橋がやはり容疑者である可能性が高いのではないかという意見を述べた。

「その件は、午後の捜査会議で話そう。馬橋には現在24時間の行動確認をしている最中だから、2,3日様子を見たほうがいいんじゃないのかな」

管理官は現場の刑事たちの意見を踏まえて、今すぐ直当たりをしたほうが良いのかどうかを確認したかった。

「ただ、白井さんのところにいた佐倉という男が消息不明になっています。北海道犬という関係から見て、佐倉が議員の殺人だけではなく、東京の殺人にも関係しているのです。佐倉の消息がつかめない現状では、一刻も早く佐倉の行方を追って身柄の確保を最優先したほうが良いと思うのですが」

「だが、まだ道内にいる保障はない」

「やはり馬橋に直当たりすることが必要ではないかと思います。私はどうしてもアイヌ犬が今回の事件の鍵になっていると思うのですが」

江畑は強調した。管理官は江畑の熱い思いに感じるものがあった。

「警視庁は事件の進捗をどう見ているのかね」

「現場付近で確認されたクルマの合鍵に佐倉の指紋が出て、実行犯として確定したと判断しています。ですから、私の捜査状況に強い期待をしているのです」

「東京でのほかの動きはどうなのですか」

「もちろん佐倉の動きを追っています。友人関係や親族には聴取を終えていますが、佐倉と連絡を取っている人物は誰もいません」

「親族もですか」

「親も一年間は全然連絡がないということです」

「どおいうことなのかな、それは」

「分かりません。東京から北海道へ行くときも、独身だし、将来のことを考えて北海道犬の飼育や繁殖を学びたいということで両親も心配もしなかったそうですし、友人たちも何の違和感もなかったようです。それなのに、佐倉からの連絡は無くなった。それが謎といえば謎なのです」

「馬橋が佐倉と何らかの接点があったかどうかは分からない現状で、直当たりしていいかどうかの判断は難しい」

「確かに一か八かですが、アイヌ文化研究家の丸山さんの言葉がどうしても気になります」「アイヌ犬の変種の件か」

「それと佐倉がどう関係しているのか分かりませんが、同じ札幌にいるし、アイヌ犬という共通点もあるので、ふたりの接点があれば佐倉の捜索に手がかりになるのかも知れません」

「気をつけなければならないのは、馬橋にははっきりとしたアリバイがあるということだ」管理官の太田は江畑を厳しい目つきで見た。

「それは重々分かっています。ですからあくまでも参考として接触します」

しばらく腕組をして考えた太田はゆっくりと立ち上がり、携帯電話を取り出した。

「馬橋の現状はどうだ」

行動確認をしているチームのリーダーに電話をかけたのだった。

「馬橋は会社にいる。もうすぐ退社時刻だ。そこを待ち受けるか」

「ありがとうございます。すぐに行動確認チームに合流します」

馬橋の勤める会社は、札幌の中心からすこし外れた倉庫が建ち並ぶ地域にあった。物流の会社であった。

行動確認チームのクルマに乗り込み、馬橋が会社から出てくるのを待った。






#34に続く。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る