第31話

アイヌ文化研究家の丸山から得た情報では、札幌の住宅地に住む馬橋とその近隣の家がアイヌのコタンに似た集合体であることと、アイヌ犬らしき犬をどの家も飼っていて、その犬のことを丸山が馬橋に聞いたところ、血相を変えたということだった。

北海道議会議員の白岩が殺されたのも馬橋が絡んでいるのではないかという推定が捜査本部の一致した意見になった。

北海道警の太田管理官は、捜査員をフル動員して、馬橋と近隣の家の捜査を開始した。

それと同時に馬橋の行動確認を24時間続けるように指示した。

江畑たちは、北海道犬のブリーダーである白井の家に向かっていた。

江畑たちが白井の家に着くと、門の前で白井は待っていた。

「まだ佐倉さんから何の連絡もありませんか」

「無いです」

白井は佐倉が何らかの事件に巻き込まれたか、さもなくば事件を起こして逃げているのかどちらかに決まっていると思っていた。

「ところで、馬橋という男を知っていますか」

しばらく考えていた白井は江畑の顔を正面に見た。

「いや、覚えの無い名前ですね」

「アイヌ犬の変種というのは聞いたことはありますか」

「北海道犬と一口に言っても、昔は北は樺太から南は東北まで住んでいたアイヌが狩猟用として飼っていた犬がアイヌ犬としてひとくくりにされていました。

ですから、先祖は同じであっても、地方によって差があったことは事実です。

しかし、国の天然記念物と認定され、アイヌ犬から北海道犬と改称されてからは、保存会も各地に生まれ、統一した基準が作られて、展示会が開催されるようになりました。

ですので現在では繁殖家が基準に沿った犬を作っているので変種というのは無いですね」

「じつはある男が北海道犬としては明らかに小さい犬を北海道犬と称していたのですが、そんな可能性はありますか」

「雑種じゃないですか。そんなまがい物の北海道犬として飼う意味が分かりません。誰かが先祖から同じ系統の犬を飼い続けてそれがアイヌ犬だと信じているということはありえるのかなと思いますが」

「それを正当なアイヌ犬と名乗り出ても誰も認めないということですね」

「誰もというより、北海道犬の関係者はそのような雑種まがいのものを認めることはありえません」

「では、なぜ飼っているのでしょう」

「先代からアイヌ犬だとして飼い続けたということではないでしょうか」

「ではどうやって血統を維持していけるのですか」

白井は不思議だなという顔をした。

「確かにそれは言えますね。同じ血統を守るには同じ血統の犬どうしで交配しなくてはいけないし、そうなると近親交配となり続けると必ず障害が出て、何代かでその血統は失われます」

「そうなると、広範囲に同じ血統の犬の種族というか、同じ種類というかそういうのがなければなりません」

「その言葉をお借りすると、北海道のいろいろな地域に違う血統でありながら、同じ種類の犬がいると考えられるということですね」

「あくまでも想像の範囲ですが、そうなると長い間には情報が伝わってきて、犬関係の人の噂になるでしょう。我々の耳に入らないということはないでしょう」

「北海道犬のブリーダーは北海道にどれくらいありますか」

「そんなに多くはないですよ。数十くらいです」

「変種のアイヌ犬を飼っている男がアイヌ犬だと言い張っているだけという可能性もあるということもあり得ますね」

「そうですね」

江畑と岡本は白井の家を後にした。

「やはり一度馬橋に直当たりしてみたほうが良いのではないですか」

タクシーの揺れに体が揺すられている岡本は江畑に聞いた。

「本部で話し合おう」




#33に続く。



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