第29話

行方不明になった佐倉の指紋を採取した江畑と岡本は、北海道警の鑑識で、鑑定作業が終わるのを待っていた。

一時間くらいで結果が出た。

それを指紋データーベースにかけると前歴はなかった。

北千束署の捜査本部に送るとすぐに管理官から電話が来た。

「上代のクルマの合鍵に残っていた指紋と合致した。すぐに佐倉という男の捜索を頼む」

江畑はすぐに道警の刑事部に向かった。

「一課長、ご迷惑で申し訳ありませんが、協力お願いします」

顛末を話すと一課長は、もう反抗心のかけらもない顔をしていた。

「大久保、来い」と叫ぶと、パソコンに向かっていた男が駆けつけた。

「警視庁の江畑さんと北千束署の岡本さんだ。何とか人数を集めて捜査に協力しろ」

大久保というのは係長だった。

すぐに、電話をかけまくっていた。

「うちから2人と、その白井という人の住んでいる所轄から刑事を応援にくるように手配しました」

江畑と岡本は、一課長の見返りの速さに驚いたが、係長の手際にさすが道警の中枢部だという感じがしていた。

まず取り架からなければならないのは、白井の家にガサを入れて佐倉の部屋などからの証拠品の捜索と、道警各所轄に手配して佐倉の足取りの捜査をすることである。

一課長は、裁判所に家宅捜索令状の申請をした。


丸山は自宅に篭りきりになっていた。

白岩が殺されたショックだった。

当然、警察に事情も聞かされていた。

白岩と札幌で何をしていたかを話すと、捜査員はまるで信用できないという様子だった。

「いまどき、隠れコタンとは無いでしょう。アイヌの人たちでそんなことをする人なんて聞いたこともない」

と、取り付く島もない。

だが、やがて丸山の言うことを完全否定するような根拠もないことに捜査を担当する札幌北署の捜査員たちも気が付いた。

丸山は恐怖心にかられていたのである。

隠れコタンの中心人物と見られる馬橋にも聴取を行ったが、白岩と丸山に接触したことと、アイヌであることは認めたが、隠れコタンと言われたことには完全否定していた。

だが、白岩が殺されたのは、馬橋と接触したすぐ後だ。関係している可能性は極めて高いだろう。

次は自分かも知れない。

そもそも、白岩を巻き込んだのは自分であるからと白岩を死なせたのは自分だという責めの気持ちが強くなりすぎて、外に出るのが怖くなったのである。

いつ、刺客がやってくるかも知れないと夜も眠れない。

隠れコタンがあるらしいと自分に教えたアイヌの長老を恨む気持ちまで沸いてきていた。

「隠れコタンがなぜそんなに重要なのだろうか」ということに思いをめぐらしても、何も浮かばない。

世間と隔絶した環境でコタンであることを隠して、アイヌ古来の自然とともに暮らすというのであれば分かるが、彼らは普通の現代的な家に住み、働いていて、アイヌであることも隠している。

矛盾ばかりが浮かんできて何の結論も出なかった。

あのとき、自分が何を言ったかを考えたとき、ひとつの思いが浮かんできた。

それは馬橋が連れていた犬のことだった。

馬橋はその犬をアイヌ犬としては小型過ぎるのではないかと指摘すると馬橋は血相を変えた。

「そのことだ、彼らはアイヌ犬の変種を守っているのではないか。アイヌ犬はかれらの文化そのものだ。それを国の天然記念物と指定されたからといって北海道犬と改称されるのは、本意ではないだろう。しかも、アイヌ犬の変種がある部族によって継承されてきたのなら、その血を守るためにアイヌであることを隠し、わざわざ都会に近いところに住んでいるのではないか、そうだそうに決まっている」

丸山は確信していた。

ただ、それが白岩の死とどう関わっているか分からなかった。

馬橋が危機感を抱いて白岩を殺したのか、そう考えるのが自然だが、そこまでするだろうかという疑問もわいてくる。

いずれにしろ、丸山の力ではどうにもならない。

白岩の無念を晴らすために自分が出来ることは、このことを警察に話して犯人を捕まえてもらうことだと結論を出した。






#31に続く。





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