第26話

北千束署に戻った警視庁の江畑と野瀬は、捜査会議に出席した。

江畑はこれまでの捜査結果を報告したが、北千束署の岡本と千木良の報告に驚愕した。

死体遺棄現場の近くで防犯カメラに写った容疑車両の特定がなされたこちにまず驚いたが、それ以上に捜査本部を盛り上げたのが、当該車両の保有者である上代にアリバイが無いことと、当該車両は事件当日は仕事が休みになったので、動かしていないはずだという上代社長の供述と合わないこと、普段は使っている職人には確かなアリバイがあったこと。

クルマの合鍵は上代のデスクにしまわれていたが、上代の話では誰か使った形跡はないという。

だが、鑑識の結果、合鍵には上代以外の指紋が検出されたが、それは職人ふたりのものでもなく、クルマのディーラーの関係者のものでもなかったのだった。

そこで、本部はふたつの可能性があるという結論をあげた。

ひとつは、上代社長が容疑者である可能性、もうひとつは元従業員など合鍵の在り処を知っていて、当日仕事が休みでクルマが使われないことが分かっていた人物が事務所に侵入して、合鍵を使って遺体を運ぶために使い、上代が出社する前にクルマを戻したということ。

捜査を指揮する清水管理官は、上代の周辺捜査の強化と、会社近辺の防犯カメラ映像の収集と分析を指示した。

「ブリーダーの件はどうしましょうか」

野瀬は苦しげな顔をしている江畑に小声で言った。

「所轄に遅れをとったな。ブリーダーのトラブルは一時ペンディングして、所轄に協力しなければならないだろうな」

そのとき清水管理官から声がかかった。

「江畑たちが追っていた犬の関係の話だが、上代は以前北海道犬にかなり凝っていたそうだ。そちらのほうにも濃勘があるかも知れないから、東京の北海道犬のブリーダーに話を聞いてくれないか」

濃勘とは、事件への関わりのある事実がある可能性が高いという警察用語だ。

「該者は北海道犬の関係者ともトラブルがあったと聞いています。さっそくそちらを当たってみましょう」

江畑は、さっそく伝統日本犬保存協会の町村会長に電話をして東京の代表的な北海道犬のブリーダーを教えてもらった。

その人物は江戸川区在住の菅野だった。

さっそくアポを取って、江畑と野瀬は江戸川区に向かった。

その家は、江戸川の堤防からすぐそばにあった。

住宅街とは一線を画した一角にその家は建っていた。

付近は工場などがあり、住宅街ではない。ここであれば、犬の鳴き声で近所からクレームが来ることもないと思われた。

菅野という男は、これまでに会ったブリーダーいわゆる繁殖家と同じように普通のサラリーマンには見えない外見で、齢は50歳代後半くらいだった。

「先日遺体で発見された奥村さんとはもちろん既知ですよね」

「私が東京の支部の代表をしていますので、年に数回はお会いしていました。彼は日本犬の繁殖家とのさまざまな調整を一手に引き受けていましたので、大変な苦労があったものと思われます」

「実は、練馬区にお住まいの上代という人をご存知ですか」

「はい、私から犬を買われていましたから」

江畑はいきなりの手ごたえを感じた。

「上代さんは繁殖家ではなかったのですよね」

「あの人には自分の仕事がありましたからね。ただ、自分の犬の交配で北海道の犬の方との交流がかなりありました。北海道犬は本場はやはり北海道なのです。優秀な犬の血統も北海道の犬が源流なので、展示会などで優秀な成績を出すためには、やはり北海道の繁殖家の方との関係を深くしておきたいという思いはあったのだろうと思います」

「誰と一番関係があったかを教えていただきますか」

「だいたい、私からの紹介ですからおやすいことです」

「それと奥村さんにまつわるトラブルを教えていただけますか」

「北海道犬に限って言えば、展示会の運営に関することくらいですね。それは柴犬や他の犬種でも同じでしょう」

「特に大きなトラブルはなかったですか」

「私の知っている限りでは、殺人事件に発展するような致命的なトラブルというのは記憶にはありません。とりあえず、北海道本部の人を紹介しますからそちらに聞いていただけますか」

「東京周辺では奥村さんんと大きなトラブルになった人はいませんか」

「展示会は毎年北海道で行われますから、仕切っている人は北海道のかたばかりですから」



江畑と野瀬は菅野の家から離れるとお互いの顔を見合わせた。

「やはり犬関係のトラブルが殺しの動機につながるのでしょうか」

「あり得るね。とにかく北海道に行ってみよう。上代の件もあるから」

ふたりは最寄の駅まで歩き、そこから北千束署に戻っていった。



#28に続く。




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