第24話
アイヌ文化の研究家丸山が札幌に到着したのは、次の日の午後であった。
白岩は事務所で丸山を待った。
その日は、丸山が撮影した馬橋の犬の写真を見せて感想を聞いた。
「これが成犬だとすると、アイヌ犬より小さいな。馬橋はこれをアイヌ犬だと認めたんだろ」
「北海道犬と言っていましたが」
「あくまでも自分がアイヌであることを隠そうということが分かるな」
「そうなんです。しかし、私が最初アイヌ犬ではなかと訪ねたときに顔色が変わっていました」
「明日直撃しよう」
「大丈夫ですか」
「それしか方法は無いだろう。これ以上調べても詳しいことは分からないだろうし、いずれ我々が探っていることは感づかれてしまう。そうなると、どこかに行ってしまうかも知れない」
「そこまで隠すことはあるのでしょうか」
「アイヌ国独立の民族運動をするということでもなさそうだし。まして、何らかのテロを起こすようなこともないと思う。アイヌは日本人に不当な扱いを受け、差別されてきているが、過激な抵抗運動は明治以来ない。それが、何の社会的な運動も無しにいきなり武装闘争するとは考えられないだろ」
「では、何なのでしょうか」
「それを聞きにいくんだ」
白岩は丸山の勢いに圧倒されそうだった。
アイヌの伝統文化を守ることに自己の政治活動の主眼を定めてはいても、既存のアイヌ関連の団体と協力して、行政とともに、アイヌ文化の伝承を確保する行動をしたいと思っているのだが、丸山に指示されて馬橋たちの「隠れコタン」の調査をするうちに、何とも気味悪いものを感じていたのは事実だった。
次の日の朝、馬橋が散歩に出てくる時間に公園で待機していた。
吐く息が白くなりだした時期だったので、薄手の上着ではもう寒いくらいの気温だった。北海道は空気が冷える速度が速い。
公園の入り口に馬橋が現れた。その日は、隣の家の少女も後に続いている。
どちらも白い犬を連れている。
最初に白岩たちに気が付いたのはニタイだった。
尻尾を激しく振りながら近づいてきた。
どうやら白岩に好意を持っているようだった。
それに引きづられて少女の犬もニタイのすぐ後ろにくっついてきた。
「おはよーございます」
馬橋は白岩に気が付くと微笑んだのだが、丸山の姿を見ると警戒心を露にした。
「ニタイ、いい子だね」
白岩はニタイの頭を撫ぜた。
ニタイはその手をなんとか舐めようとして、顔を捻じ曲げた。
「ニタイ、だめだよ」
後ろにいた少女が連れていた犬も白岩に近づき、靴の先の臭いをかいでいる。
丸山は馬橋を凝視していた。
馬橋は丸山の眼光に気が付き、離れようとした。
そのとき、丸山が馬橋の前を遮るようにして口を開いた。
「すこしお話させていただいてよろしいですか」
#26に続く。
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