第23話

白岩は、札幌市白石区にある住宅街に住む、馬橋という家をマークしていた。

張り込みをして、馬橋の家も含めて同じような犬を飼っていることが分かり、接触する機会をうかがっていた。

それと同時に、仲間に頼んで馬橋の個人調査を行っていた。

高校時代の友人が札幌で調査会社を経営しており、頼んだのだった。

調査によると、馬橋は白石区に住むまで苫小牧に仕事の都合で住んでいて、生まれは日高地方であることが分かった。

だが、アイヌの血が流れていることまでは分からなかった。

戸籍情報では、先祖がアイヌであるかということまでは分からないことも多い。

明治以来アイヌの日本人化を促してきた政府に従って、日本人として改名して戸籍を登録しているので、アイヌ人であると宣言しないかぎり外部の人間からは分からないようになっている。

それはアイヌということで差別を受けないようにしようという配慮があったのは確かではあったのだが、アイヌとしての民族的な誇りを捨てるということになるので、アイヌの人たちからの抵抗も強かったのではある。

馬橋の周辺の家も調べたが、普通の日本人としか分からなかった。

張り込みを始めて1週間をすぎたころ絶好のチャンスが訪れた。

馬橋の犬がウォーキングをしているように装った白岩に近づいてきたのだった。

白い犬は尻尾を振って白岩の足に絡みついたのだ。

きゃんきゃんと吼えている。

「どうもすいません」

馬橋はリードを引っ張って犬を引き離そうとした。

「いいんですよ。僕は犬が大好きですから」

鼻先に指をもっていくとぺろぺろと舐めだした。

「だめだよ、ニタイ」

白岩は確信した。ニタイとはアイヌ語で林という意味だった。

「この子はアイヌ犬ですか」

馬橋の顔色が変わった。

「そうです、北海道犬です」

「昔はアイヌ犬って言っていたんですよね」

「よくご存知ですね。そうなんですけど」

「アイヌ犬のわりには小さいですけど、まだ子供ですか」

馬橋の顔から血の気が失せていた。

「いえいえ、それでは失礼します」

そう言うと、そそくさと去っていった。


白岩はクルマに戻り、中央区にある自分の事務所に向かった。

着替えるとすぐに丸山に電話をしてこれまでの報告と、今朝あったことを話した。

「白岩君、それは間違いないね。それにしても気になるのは犬のことだね。その人たちはみんな同じような犬を飼っているんだよね」

「そうなんです」

「まだ漠然としているが、その犬が隠れコタンをつくるわけに繋がるような気がする」

「もういい加減丸山先生が登場してください」

「分かった、来週そちらに行こう。それまで見張っていてくれ。君に見破られたと思ってかれらはどこかに引っ越すかも知れないし、そこまでしなくても犬をどこかに隠してしまうかも知れない」

「ちょっと分からないのですが、犬のことでそんなに秘密を守らなければならないようなことはありますかね」

「アイヌ犬は今は北海道犬として日本古来の犬種ということにも感じられるが、実は太古からアイヌの人たちとともに暮らしてきた、アイヌの人にとっては伝統文化そのものなんだよ」

「分かりました、とにかくお待ちします」





#25に続く。




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