第20話

鑑識からの報告を待っていた北千束署の岡本と千木良は、待ちくたびれて夕食をとりに近所の定食屋に行った。

満腹になって帰ってくると、鑑識からの報告書がデスクに置いてあった。

上代の机には上代本人と妻のほかにいくつかの指紋が採取された。

そのなかには職人の荻野のも含まれていたのだが、一人分の指紋は関係者のものではなかった。

鑑識によるとこの指紋の持ち主には前歴がなかったのだ。

「まずはこの指紋の持ち主を探すことですね」

「明日にでも上代に会おう」

上代に電話をして明日行くことを告げた。

翌日は良く晴れた日であった。

岡本は正念場であると考えていた。

上代は以前アイヌ犬を飼っていて、アイヌ犬にかなり惚れ込んでいたという証言を得ていて、しかも上代は殺された奥村のことを知らないと言った。

アイヌ犬は今では北海道犬と呼称が変わっているが、天然記念物として伝統日本犬保存協会の登録犬になっている。

もし上代が展示会に参加していたり、繁殖に関係していたとすれば奥村との接点はある可能性が高い。

そうなれば、動機はまだ分からないが、現場付近で確認されたクルマが上代の会社のクルマであったことと考え合わせれば上代が容疑者ということになる。


上代の会社に着くと事務所に上代は待っていた。

開口一番

「クルマが使えないとうちの商売が成り立たないんですが何とかなりませんか」

「それは無理です。当該車両は現場に犯行時刻あたりにいたことが確認されていますから、容疑車両です。鑑識をする可能性があります。ですから他の車両を使ってください」

「それは分かりますけど、誓っていいますけど私どもは事件に関係していませんよ」

「それは捜査する我々が判断することですので悪く思わないで協力してください」

上代は諦めたような顔をしてデスクから立ち上がった。

「昨日も電話で言いましたように、こちらの関係者以外の指紋が出ました。心当たりはありますでしょうか」

「お客さんのだれかが触ったのかも知れません」

「最近訪れたことのある人の連絡先を教えていただきますか」

上代は手帳をめくり、事件当日の前2週間くらいの訪問客をリストアップした。

「このなかにアイヌ犬の関係者だった人はいますか」

上代は顔色を変えた。

「私がアイヌ犬を飼っていたことを知ったのですか」

「はい。あなたは殺された奥村さんをご存知ないと言われた。今はどうですか。本当に知らないと言われますか」

上代は岡本の顔を見つめた。

数秒は口を閉ざしていたが、おずおずと口を開いた。

「じつは知っていました。というより会ったこともあります。アイヌ犬の展示会で名刺をいただいたことはあります。ただそれはもう十数年も前のことでした」

「それ以降は付き合いとはなかったのですか」

「飼っていた最後のアイヌ犬が死んだのが8年前で、それ以来アイヌ犬は止めました」

「どうしてですか」

「金がかかるというのもありますし、犬の世話が出来ないというのが原因です。それまでは息子が助けてくれていたのですが、仕事の都合で地方に引っ越してしまって、私も仕事が忙しくなってしまったんです」

「かなりアイヌ犬にのめりこんでいたのですか」

「繁殖するようなことには興味はありませんでした。良い血統の犬をブリーダーから買って育てるのが楽しかったんです」

上代は東陶としゃべり続けた。

その言葉を聞くうちにある思いが岡本の脳裏に浮かんできたのである。




#22に続く。





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