第21話

馬橋が自宅から出てきた。

白い柴犬のような小型犬を連れている。

馬橋本人は、背丈が160センチくらいで男としてはやや小柄で、年齢は40歳をすこし過ぎたくらいな短髪のどこにでもいるサラリーマン然とした男であった。

情報では、馬橋の家の周囲4軒が「隠れコタン」ということだったので、そのほかの家からも誰か出てくるのではないかとクルマのなかでそのまま見張ることにした。

2分もすると隣の家から女の子がジャージ姿で出てきた。

中学生くらいだろうか、髪はツインテールにしていた。

やはり小さな白い犬を連れていた。

やはり同じような犬だった。

続いて右隣の家からは大人の男が出てきた。

こちらは若い。

20歳代後半だろうか、180センチはある体格のがっしりした男である。

同じく、柴犬くらいの白い犬を連れていた。

その男が公園に向かって歩き始めたのをきっかけにして、白岩はクルマを降りた。

公園に向かって歩いていく。

公園は住宅街のはずれにある。

北海道らしい広大な敷地に林も点在し、小さな丘と緑の芝生の手入れが行き届いた美しい公園だった。

最後に出てきた男の後を付いていったのだが、連れている白い柴犬のような犬は、元気いっぱいだった。

子犬だろうか、動きが活発であっちに行ったり、こっちに着たりと縦横無尽な動きをしていた。

引っ張る力も強そうで体格のいい男も思わず引っ張られて上半身を前のめりさせるくらいだった。

白岩は気がつかれないように、数十メートル離れて尾行していた。先に出ていった少女と馬橋の姿は見えなかった。

彼らが「隠れコタン」なら、どこかで一緒になって会話もかわすのではないかと思っていたのだが、体格の良い男はしばらく公園を歩き回ってから10分くらいで家に戻っていった。

その後、少女も馬橋も姿を現さなかったので、体格の良い男より先に家に戻っていたらしい。

白岩は、次の日は馬橋に接近するためにウォーキングをしている近所の人を装い、公園で彼らを待ち受ける作戦を思いついた。

住宅街のはずれにある情報提供者の家の前にクルマを置かしてもらい、公園で彼らが来るのを待った。

住宅街に近い公園の入り口付近に待機して、彼らの姿が見えたらストレッチをして、その場にとどまり、より近距離で彼らを観察することからはじめようととおもったのである。

最初に姿を見せたのは少女であった。

前日とおなじジャージを来ている、その胸元には所属の中学校の名前が書かれていた。次に姿を現したのは馬橋であった。

馬橋の顔を真正面から見ると、遠めにはごく普通のサラリーマンに見えたが、目つきは鋭かった。

眉毛が太く、眼光鋭い、白岩から見たら、鹿児島か沖縄にいる南洋系の顔立ちのように見えた。

そのとき、彼がアイヌの人であることを悟ったのである。

アイヌの人たちの伝統と文化を守ろうとする活動を本格化させよとして、多くのアイヌの人たちと接触してきた経験から分かったのである。

白岩は確信した。彼らが丸山が入った「隠れコタン」の人たちであることを。

しばらくして、体格の良い男と、もうひとり30過ぎくらいの女性が現れた。同じく白い柴犬のような犬を連れている。

だが、白岩はそこですこし違和感を覚えた。

北海道犬、いやアイヌ犬は、種別でいえば中型犬で、柴犬は小型犬だ。

彼らが連れているのは柴犬に見える。

しかも同じ色で同じような体型だ。

アイヌの人は伝統的に自分たちが長く一緒にいて、誇りにしてるアイヌ犬以外の犬を飼うのだろうか。

はるか昔に日本人として同化して、アイヌの伝統文化などと疎遠になった人ならアイヌ犬にこだわることはないだろう。

だが、彼らは「隠れコタン」を形成して、アイヌの何かを守ろうとしている。

そういう人が同じような柴犬を飼うのだろうか。

柴犬の繁殖で生計をたてているのならばそれも分からないでもない話だが、情報では彼らは他の仕事についている。

ならば、同じような犬を飼う理由は何だろうか。

そのことを公園の奥に向かって行く彼らの後姿を見ながら考えていた。





#24に続く。




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