第16話

柴犬の繁殖家の宮川に話しを聞いていたところ、宮川が殺された奥村に暴行したと告白し、江畑たちは緊張した。

宮川がホン星に近いかも知れないと感じたからだ。

だが、話を聞き込んでいるうちに奥村はそういうことに慣れているらしく、その後、穏やかに話し合ったという。

「結局奥村氏は、私利私欲ではなく、良く理解している人を審査員に選んでいると言って譲らないんですね。そうなると水掛論争になって、根負けして、謝って帰りました」

「宮川さんは納得したのですか」

「納得したというより、諦めたということです。奥村さんがいるうちは何を言っても聞いてくれないのだなということを悟りました」

「ある意味洗脳に近いということですか」

「確かにそうかな。そういう人だったんです」

「しかし、宮川さんのような方ばかりではないでしょう。なかには本当に憎んでいる人もいたでしょう」

「それは確かにいました」

江畑の動悸が激しくなった。ホシに近づけるかも知れないと思った。

「具体的に教えてください」

「協会の人からは聞いていませんか」

「言いにくいか、事務所ではそういうことがなかったか分かりませんが、口が固かったんで」

「そうですか。私の知っていることで大きなものは、北海道犬の人です」

「それはどういう人ですか」

「昔はアイヌ犬と言っていたのです。アイヌの人が狩猟用に飼っていた犬を北海道の人たちが立派な犬種として繁殖を続けてきて、国の天然記念物に指定されてから北海道犬と改名したのです。ですが、アイヌの人たちからみれば、それはアイヌの文字が消えることでアイヌの伝統を消すことになると反発があったのです」

「アイヌの人の繁殖家ですか」

「北海道犬の繁殖家はアイヌの人はほとんどいないですね。繁殖家は犬を商売にしているわけですから、アイヌの人の感情とは違うのでしょう。それでですよ、アイヌの人の心情を理解している繁殖家の人もいるわけです。彼は、政府に陳情したり、北海道庁に行ったりしたのですが全然相手にしてもらえない。そうこうするうちに北海道犬の展示会を札幌ですることになったんです。その審査員を北海道の人ではなく、本州の北海道犬の繁殖家の人を奥村さんは指名したんです。怒りましたね。北海道の繁殖家の人たちも激高して、その人が代表して奥村さんと会ったんだけど、私のときのように埒があかないんですね。その人は私のように殴りかかるようなことはしなかったのですが、展示会に不参加したのです。今度は奥村さんが怒りまして、北海道犬として初めての展示会に不参加した繁殖家を除名するように北海道犬保存同志会という組織に命令したんです」

「新聞記事になりそうな話ですね」

「北海道では報道されたでしょうが、本土では何も取り上げられなかったようです」

「犬の話ですからでしょうか」

「分かりませんが、とにかくそれで北海道の繁殖家との確執が今でも続いているという話です」

「宮川さんが思い当たる、殺人事件まで発展する話はそれですか」

「そこまでは分かりません。北海道犬ばかりでなく、柴犬の繁殖家のなかでも遺恨を持っている人もいるでしょうけれど」

「奥村氏に経理的な不正の話とかはなかったですか」

「具体的には分かりません。保存協会は社団法人なので、政府から優遇処置をされていて、経理の監査は厳しいと聞いていますから、協会の経営は透明化されているとは思いますが、奥村さんの個人的なことはどうなっていたのか分かりません」


江畑は、宮川の話を聞いて、すこしだけホシに近づいたような気がしていた。




#18に続く。




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